中国経済の長期的な展望を考える。中国経済に詳しい、キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之氏は、このままいけば、2020年代後半に経済成長が失速し、内政不安を引き起こしかねないと指摘し、いま取り組むべき4つの処方箋を提示する。キーワードは中間層の育成だ。(聞き手:森 永輔)
瀬口:今回はお正月ということもあり、中国経済の長期的な展望を考えてみたいと思います。中国経済が抱える問題とそれを解決する処方箋についてです。
瀬口 清之(せぐち・きよゆき)
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 1982年東京大学経済学部を卒業した後、日本銀行に入行。政策委員会室企画役、米国ランド研究所への派遣を経て、2006年北京事務所長に。2008年に国際局企画役に就任。2009年から現職。(写真:丸毛透)
どのような問題を抱えているのですか。
瀬口:中国経済は2020年代の後半以降、経済成長の鈍化が見込まれます。そして、それが内政を不安定にしかねません。経済と政治とは緊密につながっているからです。この不安定の度合いは、1980年代の後半以来、最大となる可能性があります。
1980年代後半に何が起きたのか。天安門事件です。
同事件に至る経緯の発端は、1978年の改革開放政策の導入でした。これ以降、中国は経済の自由化を進めた。経済の自由化が進むとともに、言論の自由を求める声も高まります。胡耀邦総書記(当時)と趙紫陽首相(同)はこの動きを支持しました。
この変化を背景に、中国共産党の統治のあり方を批判する声も強まりました。これを弾圧したのが、天安門事件でした。胡耀邦と趙紫陽が支持した改革は、中国指導層に受け入れられる準備ができていなかったという点でそのタイミングが早すぎたのかもしれません。
習近平(シー・ジンピン)政権は、このときから続く政治面での引き締めを緩めることはないでしょう。よって、政治面や言論における自由を求める声が、中国の内政を混乱させる事態は当面考えられません。しかし、経済の成長鈍化が内政を混乱させる懸念が高まっていくと考えます。
中国経済の成長率を低下させる4つの原因
中国経済の成長率が2020年代の後半以降に低下する原因は何ですか。
瀬口:大きく4つあります。第1は少子高齢化、第2は都市化のスローダウン、第3は大型インフラ投資の減少。これらを原因として、中国経済の成長率が急速に低下することが見込まれます。第4は、経済成長が鈍化する結果として生じる現象ですが、国有企業の業績悪化と、それが招く財政負担の増大が挙げられます。
この4つのネガティブ要因を緩和し、経済成長の急激な失速を防ぎ、内政の安定を保つための方策はいろいろ考えられますが、私は、その核心は国有企業改革にあると見ています。第14次5カ年経済計画の草案を読むと、国有企業改革に関する言及は多くありません。これは、共産党および政府内にさまざまな意見があり、議論が紛糾しているためではないかと推測しています。その重要性が低いということではありません。
国有企業には、中国の経済と社会を支える上で重要な役割を果たしている面もあります。例えば、新型コロナ危機の渦中で雇用を支えました。多くの民間企業と異なり、合理化のための首切りをせず、採用も継続したのです。
ビルなどの不動産を保有している国有企業は、テナントに対して家賃の支払いを猶予。中小企業向けに売掛金を抱える国有企業は、その決済を先延ばししました。中国の主要な銀行は国有企業です。これらも中国人民銀行の政策方針に従って融資の返済を猶予する措置を講じたのです。新型コロナ禍が中国経済に与える負のインパクトに対し国有企業が緩衝材の役割を果たしたわけです。
中国政府によって国有企業は直接指示を出すことができ、いざというときにはタイムリーにセーフティーネットとして役に立つ重要なプレーヤーなのです。中国政府の中には、この貢献を高く評価する向きが少なからず存在していると考えられます。
しかしながら、国有企業を維持するコストは高い。長期的に見れば、先ほど挙げた3つの要因により、中国経済の成長は鈍化します。これが国有企業の業績にも波及し、赤字経営に陥ります。そうなれば、経営を存続させるために財政で補う必要が生じます。中国経済の財政負担力は決して低くありませんが、そこにはおのずと限界があります。
朱鎔基が進めた国有企業改革
よって、国有企業の改革が必要になります。その本質は、産業政策と経営の分離です。
これを理解するため、中国がこれまでに進めた国有企業改革を振り返ってみましょう。1990年代の前半にこれを担ったのが朱鎔基首相(当時)でした。
朱鎔基が進めた改革の第1は「三角債の削減」です。具体的には、国有企業であっても「お金を借りたら、利子を付けて期限までに返済する」という市場経済の大原則の徹底です。
それまで国有企業は、国家統制経済体制の下、政府が立案する生産・販売計画を厳密に守ることが優先順位の第1でした。このため、債権と債務がそれぞれ未決済であっても、政府の計画に従っている限り問題にならなかった。これは、例えば、売掛金が決済されないまま長期化し、不良債権となる--といった事態を頻発させました。
この慣習を改めようとしたのが三角債の削減です。利子を支払うためには、ビジネスで収益を上げなければなりません。この経営努力が経済全体の効率を高めると朱鎔基は考えていました。
朱鎔基が進めた第2の改革は、国有企業と「社会政策」の分離です。当時の国有企業は企業城下町の中核的存在として、病院や学校の建設・運営はもちろん、道路や街路樹、上下水道の整備までしていました。その社会政策面での役割はハード面にとどまりません。地域の雇用を支えたのはもちろん、従業員の年金まですべて担っていたのです。
これは「企業の経営」の観点からみれば、非効率この上ない振る舞いです。こうした社会政策の一端を担うことより、研究開発、生産・販売の拡大、コスト削減などにリソースを向けるのが企業の本来あるべき姿ですよね。
朱鎔基はこれを改め、国有企業が担っていた社会政策の機能を地方政府に移管し、中央政府がこれを支援するとともに、国有企業を本来の経営に集中させ、効率を大幅に改善させることに取り組み、大きな成果を上げました。
産業政策と企業の利益は一致しない
今日の国有企業改革に最も必要なのは、これらに続く“第3弾”として「産業政策」を分離することです。
国有企業はもともと、重工業を育成する産業政策の実行部隊として設立されました。初期に設立された主要企業は、石油産業の川上(原油・天然ガスの生産・供給など)を担う中国石油天然気総公司(当時、現在のペトロチャイナ)や、川下(石油精製や石油化学製品の製造)を業とする中国石油化工総公司(同、現在のシノペック)、鉄鋼業の宝山鋼鉄総廠(同、現在の宝武鋼鉄集団)、自動車産業の第一汽車などです。この顔ぶれが、当時の産業政策を表しています。
国有企業が産業政策の実行部隊という政府の一機能である以上、そのトップは国家の政策方針を理解していなければなりません。前にお話ししたように、国有企業の経営陣は上下2つの層から成っています。上の層は、国家の政策に沿って自社の経営方針を決める役割。下の層は、この経営方針に沿って事業を執行する役割です。
また国有企業トップは、自社の利益を増やすことより、政府が立てた政策方針の一翼を的確に担い、退任後に政府高官の地位を得ることが、そのインセンティブとなっています。
これでは国有企業が経営効率を向上させ、生産・販売・収益面において民間企業に負けない業績を上げるのは難しい。よって、産業政策から切り離し、もうかる事業に自らの判断で向かうように位置づけを改める必要があります。例えば、シノペックが業績の伸び悩む分野から撤退し、半導体、5G、AI(人工知能)などに関連する新たなハイテク分野のビジネスに参入するようなイメージです。経営トップの評価も、政府への協力姿勢ではなく、企業業績の良しあしを尺度に決めるようにしなければなりません。これまでとは異なるマインドと異なる能力が求められるようになります。
政府の産業政策を絶対の指針とする時代は終わった
そもそも、政府が適切な産業政策を立てられるかどうかも疑問です。
瀬口:おっしゃるとおりです。
この記事はシリーズ「世界展望~プロの目」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?