決め手は2月1日の充填率

 BNetzAのクラウス・ミュラー長官は「23年2月1日時点でガス貯蔵設備の充填率が40%を割らなければ、この冬を無事に乗り切れる。現在のままの状況が続けば、2月1日の充填率は40%を上回る。ガス不足を回避できる可能性が強い」と語っている。「40%」が重要なのは、23~24年の冬に向けて充填率を高める必要があるからだ。

 ロシアは22年1月1日から8月30日の間、ドイツに約3138億キロワット時(kWh)のガスを供給した。国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシア産ガスは、ドイツが21年に輸入したガスの約60%を占めていた。ところがドイツは今年23年、ロシアからのガス供給を全く受けることなく、11月1日までに充填率を95%まで高めねばならない。

 ノルウェーやオランダなどは、ドイツへの供給量をこれ以上増やすことはできない。ドイツは液化天然ガス(LNG)の陸揚げを22年12月に始めたが、6カ所ある固定式・浮体式の陸揚げ設備の全てが稼働するのは26年になる。それでも、6カ所の設備の陸揚げ容量はドイツの1年分のガス需要の約30%しかカバーできない。このため、23年2月1日時点の充填率を少なくとも40%に保つ必要がある。

「最悪の事態」を覚悟していたドイツ

 ドイツ政府はロシアのウクライナ侵攻開始後、22年春から夏にかけて、ガス供給について非常に悲観的な見通しを抱いていた。ロシアがガスを西欧に送らなくなり、需給が極端に逼迫する――。ガス消費量が多い企業への供給を制限することまで考えていた。

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は22年3月23日に突然、「非友好国によるガス代金の支払いをルーブルに限る」と発表した。非友好国とは、ウクライナ侵攻後ロシアに対して経済制裁を発動した国である。ロシア政府のドミトリー・ぺスコフ報道官は3月29日、追い打ちをかけるように「ルーブルで支払わない国に、我々はガスを供給しない」と脅した。

 ドイツ政府はこの発言を受けて、ロシアからのガス供給が停止する可能性があると判断。3月30日に、国家ガス非常事態計画(NPG)の第1段階である「早期警戒予報」を初めて発令した。さらに、ロシアがNS1を通じたガス供給を大幅に削減し始めた直後の6月23日には、ガス不足の危険がさらに高まったとして、予報を「警報」に引き上げた。

 NPGは次の3段階から成る。第1段階の早期警戒予報は、ガスの需給が逼迫する可能性を企業や市民に知らせ、節約を呼びかけるためのもの。政府は、ガス消費量や節約可能な量について企業から情報を集める。

 第2段階の警報は、ガス供給に実際に支障が生じた場合に発令する。政府は法律に基づき、冬期にプールの水を温めることを禁止したり、役所など公共の建物の室温の上限を定めたりする。この段階では、政府はガスの需給に直接介入することはしない。あくまでも市場経済的な手法によってガスの需要が供給を上回らないように調整する。

 だがガス供給の減少が長引いたり、供給が途絶したりして、需給が逼迫した場合、政府は第3段階の「緊急事態」を宣言する。

 ドイツで最も多くガスを消費するのは産業界だ。同国のエネルギー研究所エコントリビュートによると、21年のガス消費の37%は、産業界が熱源として利用した。家庭(31%)、商業・サービス業(13%)、発電(12%)を大きく上回る。政府が緊急事態を宣言すると、化学、鉄鋼、食料品、製紙、非鉄金属、ガラスなど、ガス消費量が多い業種の大手メーカー約2500社と中規模企業約4万社は、政府が決めた量のガスしか購入できなくなる。いわば、政府によるガスの配給制が始まる。

 このとき、家庭、病院、介護施設、年間のガス消費量が1万kWh未満の企業などには供給制限を課さない。政府はこれらを「保護されるべき需要家」と定義している

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