2019年12月13日、タイ工業連盟(FTI)の幹部はほっと胸をなでおろしていた。同日、米中両政府が通商協議で第1段階の合意に達し、15日にも予定されていた米国の中国に対する第4弾の制裁関税の発動が回避されたからだ。「とりあえずは穏やかな気持ちで年を越すことができそうだ」。バンコクにあるFTI本部でクリアンクライ・ティアンヌクン副会長は安堵の表情を浮かべつつ、こう話した。

 19年のタイ経済は米中貿易戦争のあおりを受けて大きく混乱した。中国向け輸出のサプライチェーンが機能不全に陥ったからだ。自国通貨が安全資産と見なされたことなどにより、バーツ高が進行したことも足を引っ張った。輸出の減速は内需に波及し、タイ政府は景気刺激策を打ち出すことを迫られた。

 「中国を中心とするサプライチェーンに組み込まれていた東南アジアは、米中貿易戦争の影響を最も強く受けた」。タイ中央銀行のウィーラタイ・サンティプラポップ総裁がこう指摘するように、米中貿易戦争はタイのみならず東南アジア各国のサプライチェーンに混乱を生じさせ、経済成長に急ブレーキをかけた。貿易戦争を追い風に成長を続けることができたのは、米国輸出の代替拠点としての役割を果たしたベトナムくらいだろう。

 19年が米中貿易戦争に翻弄された年とすれば、20年はアジアが米中という2大国の対立の狭間で、どう成長を確保するのかの手腕が問われる年になりそうだ。

2019年にタイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議。20年はベトナムで開催される。インドが撤退を示唆するなか、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に署名できるかが焦点となる(写真:NurPhoto / Getty Images)

 中国頼みだったのは輸出だけではない。これまで各国は中国が推し進める経済イニシアチブ「一帯一路」の後押しを受け、これをてこに国内のインフラ整備を進めてきた。経済成長が続いているとはいえ、東南アジア各国は海外からの投資や輸出に頼らず成長できるほど経済規模は大きくない。そのため、たとえそこに覇権主義が見え隠れしても、莫大な資本を携えてやってくるアジアの隣人に頼るほかなかった。

 その状況が20年に入った途端に大きく変わることはないだろう。しかし一方で、米中対立により、アジアにおける中国の存在は、これまでのような「絶対的な強者」ではなくなるかもしれない。既に中国を中心とするサプライチェーンにはほころびが生じ、各国で進む一帯一路関連の大規模インフラプロジェクトにしても、中国経済の状況次第で計画通りに進まなくなる可能性もある。

 それはリスクである一方で、チャンスにもなる。ベトナムのように中国から東南アジアへ生産拠点を移す動きに乗じ、「漁夫の利」を得ることができれば国内製造業を強化できる。米中のヘゲモニーを巡る対立が激化すればするほど、中国にとって地理的に近く、経済的な結びつきも強い東南アジアを味方につけておく重要度は高まる。これを利用して中国をより対等なパートナーとし、彼らが関与するインフラプロジェクトなどで、その条件を自国により有利にするための交渉の余地も生まれるかもしれない。

 たとえばタイは19年11月、香港と経済関係を強化することで覚書(MOU)を結んだ。「これを橋頭保に中国と香港からの投資や企業進出を加速させる」(関係者)狙いがある。マレーシアでは同年、マハティール首相が中国主導の鉄道プロジェクトの見直しに取り掛かり、コストの削減やマレーシア企業の関与の拡大といった譲歩を引き出している。

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