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アリババの成長を支えた政府との絶妙な距離

 だが、1カ所だけ引っかかりを覚える部分があった。「今日、私たち中国人は非常に自信を持っているが、自分たちの自己認識と、私たちに対する世界の認識は大きく異なっている。 世界は中国を恐れている。技術を恐れている。強い会社を恐れている」という一節だ。

 その後には「技術が善意から出発することを望む」と続く。素直に聞けば、中国企業だからこそ課せられたハードルがあり、だからこそ正しい思想で技術を活用していこうという自己認識と決意を述べたにすぎないのかもしれない。だが、米中貿易戦争の渦中にある中国政府の敏感な部分を刺激しかねない微妙な文言をあえて残したのはなぜなのか。

 昨年11月、中国共産党の機関紙、人民日報の記事によって、政治とは距離を置いた経営者とみられていたマー氏が中国共産党員であることが明らかになり、大きな話題となった。ただし、中国において大企業のトップが党員であることは、それほど驚くようなことではない。一党支配の中国においては、民間企業であってもそれなりの規模になれば政治とのコネクションは必須だ。

 伝統的に国有企業中心の経済である中国において、急成長した民間企業の経営者が受ける重圧は大きい。中国当局は人民元の海外流出に目を光らせており、マー氏の突然の引退の背景には、個人としても海外投資に積極的なマー氏に対する圧力があったとの見方もある。

 アリババ傘下のアント・フィナンシャルは昨年、米当局により送金サービスの米マネーグラムの買収を阻止された。米中貿易戦争において、米国政府は中国のイデオロギーの特殊性を強調しており、西側の価値観においては、それが一定の説得力を持って受け入れられている。

 アリババのこれまでの成長を支えたのは、内需拡大を図らねばならない中国政府と絶妙の距離感を保てたことであるのは間違いない。しかし、アリババが海外進出を加速しなければならない局面になり、マー氏は中国が「恐れられている」ことの弊害を実感することが増えてきたということだろう。一党支配の中国において、政府と民間企業が互いに利用し、利用される複雑なパワーバランスの中を泳いできたマー氏が経営者として最後に残した言葉は、中国企業全体に通じる課題を示している。