カード面に名前以外の情報がない「Apple Card」
8月下旬、米アップルと米ゴールドマンサックスが共同で発行する新型のクレジットカード「Apple Card」が筆者の手元に届いた。
実際に使い始めて分かったのは、新しい利用者層を取り込みたいという、アップルとゴールドマン、両社の思惑だ。
筆者はApple Cardの申請の事前登録をしていたが招待がこなかった。そのため、一般申し込み開始日の8月22日に申請したところ、その場で承認されて番号が発行された。物理的なカードは8月28日に届いた。アメリカン・エキスプレス(アメックス)は申請から2~3日で届くのでそれに比べると遅いが、それでも10日程度かかる他のカード会社と比べると迅速だ。
宅配会社の包装を開けると、白いシンプルな封筒が入っていた。他のクレジットカード会社は、読む気のしない細かな文字の書類が入っているが、そうしたものは一切ない。アップルのデザインで統一されている。利用開始はカードをiPhoneにかざすだけだ。一般的なカードは電話をするかWebサイトにアクセスしてコードを入力する。それに比べるとずいぶんと簡単だ。
カードはチタン製で、表裏には名前以外にIDを示すものがない。プラスチック製のカードと厚みは同じだが、重厚感がある。カード番号やCVVと呼ばれるセキュリティーコードなどはiPhoneの「Wallet」アプリから参照する必要がある。カード番号はオンラインやIC決済で使うものと、物理カードにひも付いたものの2つが割り当てられる。
カードにiPhoneをかざすだけで初期設定が完了する
アップル経済圏にいざなうカード
アップルの狙いはアップル経済圏に利用者を取り込むことだろう。筆者は今回のApple Cardの申請で初めてWalletのアプリを開いたし、非接触決済の「Apple Pay」も店舗で初めて利用した。ポイントがここにたまるので、これからは頻繁に使うことになりそうだ。
Apple Cardがこれまでのカードと大きく異なるのは、消費者への報酬の与え方だ。
アメックスなどは新規会員に数万円から10数万円に相当するポイントを付与する。最初の3カ月間に3000ドルのカード利用などが条件だが、これを目当てにカードを契約する人も少なくない。
Apple Cardはこの初期ポイントがない。その代わりに、アップル製品を販売しているアップルストアのリアル店舗やネットでの買い物に通常の3倍に当たる3%のポイントを付与する。20万円のノートパソコンを買えば、それまで2000円程度だったポイントが6000円になる計算だ。
これにより量販店ではなくアップルストアで購入するユーザーが増えるだろう。アップルストアに来訪してもらうことで、アップルの世界観を訴求し、他の商品の購買に結びつけるといった施策も可能となる。
Apple Cardの履歴管理画面。Apple Payでの支払いは2%のポイントが付与されている
一般的な商品も、Apple Payでの支払いであれば2倍の2%のポイントだ。非接触のリーダーがあるところでは迷わず、iPhoneをかざしてApple Payで決済することになりそうだ。
こうした消費で獲得したポイントはWallet内に登録された電子マネー「Apple Cash」にたまり、それをApple Payで使うことになる。まさに財布である。利用した店舗も写真と地図でビジュアルに表示されるので、履歴を確認しやすい。
新たなリスク層を取り込むゴールドマン
米国では基本的に銀行がクレジットカードを発行する。このため、アップルはゴールドマンと組んでクレジットカードを発行している。
米国ではカードの利用履歴や利用代金の返済状況、利用限度額に対する利用率などで信用スコアが計算されている。若者や借金が多い低所得者などは、クレジットカードを作りにくい。筆者も渡米1年目はほとんどのクレジットカードの審査に落ちた。
米国での報道によると、Apple Cardは他のクレジットカードに比べて審査基準を緩くしているという。このため返済しない顧客が増えて事業収益が悪化するという見方がある。その一方で、そうした層が決済の返済期日を越えて、高い利子を払ってApple Cardを利用するようになれば新たな収益源となる可能性もある。
Apple Cardの提供に向けて、ゴールドマンは数百億円規模を投資しているとみられる。その多くはセキュリティーシステムの開発に充てているだろう。
ゴールドマンによるApple Cardのメリットの説明(2019年5月の同社IR資料より)
Apple Cardは管理画面から「Request New Card Number」をクリックするだけで、即座に新しい番号とセキュリティーコードを発行してもらえるようになっている。例えば、オンライン用のカード番号が何らかの理由で流出した場合や、利用したeコマースのサイトが後から怪しいと分かっても、すぐに変更することで不正利用のリスクを大幅に下げることができそうだ。不要な人にはチタンの物理カードも発行しない。
一時期、そうしたサービスを提供するFinTechスタートアップが登場し、話題になったこともあった。今後、ゴールドマンはこの仕組みを新しいカードサービスに横展開することが想定される。同社はこうしたセキュリティー対策を顧客にメリットのあるイノベーションと位置づけて、新しいクレジットカードの利用層を開拓する狙いだ。
Apple Cardをメインのカードとするかどうか。しばらくは街中でApple Payがどの程度使えるのか確認する必要があるだろう。米国では飲食店での会計中にカード番号と名前、セキュリティーコードが盗み見されるケースが多いといわれる。こうしたリスクが高そうな店ではApple Cardを使いたくなる。
アップルとゴールドマンは、他の金融機関のように個人に紐づくデータを他社と共有しないこともウリにしている。ただ、米国では多くのカードを持つのが普通だ。もはやさまざまな企業に情報が渡っているはずで、そこはあまりメリットには思わなかった。
ただ、Apple Cardを利用する限り、iPhoneから抜け出すことは難しそうだ。Androidスマートフォンへの乗り換え阻止には相当効果があるだろう。
この記事はシリーズ「特派員レポート」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?