IoT(モノのインターネット)の活用でモノづくりに革命を起こすと世界から注目を集めてきたゼネラル・エレクトリック(GE)が苦境に立たされている。
2019年7月末に発表した同年4~6月期決算では、前年同期の黒字から6100万ドル(約66億円)の赤字に転落。8月15日には米国の著名会計専門家に合計380億ドル(約4兆円)もの損失隠しがあると指摘され、米国で議論を巻き起こしている。
IoTやAI(人工知能)がモノづくりを革新すると言われて久しいが、いまだに顕著な成功事例が出てこないのはなぜなのか。両技術の企業活用における権威、バブソン大学のトーマス・ダベンポート教授にその理由を聞いた。
IoT、AI(人工知能)の権威、バブソン大学のトーマス・ダベンポート教授
モノづくりにおけるIoT活用、いわゆる「インダストリー4.0」を現時点でどう評価しますか。
IoTという言葉は、マサチューセッツ工科大学(MIT)オープンラーニングのサンジェイ・サーマ副学長が同大に設立したオートID・センターで生まれたと言われています。サーマ氏は電子タグに書き込む識別コードの標準化に貢献した専門家。その彼に、「電子タグのコードの標準化にはどのくらいかかったか」と聞いたら、「15年かかった」と言っていました。
ウォルマートのようなリーダーがいない
IoTが普及しない大きな理由の一つは、電子タグのように業界共通の標準がいまだに存在していないことにあります。企業が個別に標準を開発しているため、現在は非常に多くの標準が世の中にあって、互いの連携が全く取れていません。電子タグという単一製品ですら15年かかったのですから、利用領域の広いIoTでは標準化の統一までもっと長い時間がかかるでしょう。
ここで不可欠なのは、統合を先導するリーダーです。例えば、電子タグの領域では世界一の小売りチェーンであるウォルマートが非常に大きな役割を果たしました。業界内にいるすべての人が同じ標準規格とプラットフォームを使っていくためには、ウォルマートのような巨大な企業がリーダーシップをとる必要があります。「我々と一緒に仕事がしたかったら、この標準を使わなければならない」と言えるだけの影響力と権力を持っている企業でないと、リーダーは務まりません。
IoTの領域の先導役に最も近い存在だったのがGEでした。ところがGEは業績不振に陥り、社内外でIoTの推進を担っていたGEデジタルの存在感も急速に薄くなっています。GEがリーダーシップをとるのは難しくなってきました。
GEが陥った「IoTのワナ」
なぜGEでIoTがうまく機能しなかったのでしょうか。
IoTは、非常に多くのセンサーからデータを吸い上げ、それらのデータを統合・分析することで何らかの利益を得るものです。工場全体の設備や機器をインターネットでつなげて生産効率を上げるとか、クルマに搭載している200を超えるセンサーの情報を基に自動運転を可能にするといったことです。
ところが、この統合には高いコストがかかります。センサーの種類が増えれば増えるほど、カバー領域が広がれば広がるほど投資が必要になる。でも、その成果を得るまでに長い時間を要する。つまり、IoTのプラットフォーム・ビジネスは「もうけづらい」のです。
私はIoT戦略において多くの企業をサポートしてきていて、GEもそのうちの1社でした。その活動の中で私は、彼らが抱えるいくつかの問題点に気づきました。中でも決定的だったのが「顧客ニーズの欠如」でした。
GEの航空機エンジン部門が推進していたのは、モノの提供からサービスの提供への転換です。エンジンを顧客に納めて終わりではなく、エンジンに積んだセンサーからデータを集めて分析し、継続的にメンテナンス・サービスを提供しようとしていました。
ところが、です。私がエンジンの最終ユーザーである航空会社に行って事情を聞いたら、彼らは「センサーからのデータを基にしたメンテナンスなら自分たちでやっている。データサイエンティストも社内にいて、データ分析ができる体制が整っている」と言っていました。GEが提供しようとしていたサービスは、そもそも顧客に求められていなかったのです。
重要度増すグーグル、アマゾンの存在
IoT標準化のリーダーの最有力候補だったGEが蹉跌(さてつ)のさなかにある。となると、もはやリーダーシップをグーグルやアマゾン・ドット・コムのようなIT大手に委ねるしかないのでしょうか。
IoTでも、モノが関わっているとはいえ、データが集積されるのはクラウド上、データを分析するのもクラウド上、異なる標準間で「通訳」をして統合するのもクラウド上という現実があります。このクラウドの技術に強いグーグルやアマゾン、マイクロソフトのような会社が、IoTでも共通プラットフォームとなる可能性は十分に考えられるでしょう。
しかもクラウドには、データの分析や活用で重要な役割を果たすAIのアルゴリズムがたくさん存在しています。この点から考えても、IT企業の動向は注視すべきです。
ではなぜ製造業ではダメなのか。GEをはじめ多くの製造企業がIoTで成果を上げられないのは、「プロダクト・オリエンテッド(商品中心)」の考え方から抜け出せないからだと私はみています。
トヨタがリーダーになる可能性は?
トヨタ自動車がリーダーになる可能性はないでしょうか。
トヨタは素晴らしい会社です。トヨタの豊田章男社長はバブソン大学の卒業生で、先日、大学の創立100周年記念式典で講演をしてくれました。とてもファニーで、(彼がそんな人物だったと知らなかったので)驚きました。
トヨタは自動運転においては素晴らしい戦略を持っていると思います。トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)を率いるギル・プラット氏はとても聡明。推進する「ドライバーを支援する」というアプローチは現実的でいいと思います。一方、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォードが巨額のカネをつぎ込む「ドライバーを機械に置き換える」というアプローチは、いつになったら実現するか分からず、投資分の見返りが得られるかどうかも未知数です。
ではトヨタがIoTのリーダーになるのかというと、そこは現時点では疑わしいと言わざるを得ません。トヨタがIoTの標準化でリーダーシップをとろうとしている様子はないし、バブソン大学に来ているトヨタ社員の話を聞いても、そんな傾向はみられないからです。
豊田社長は「つまらない仕事をするのはやめようよ」と社員に盛んに言っているようです。トヨタからエキサイティングなクルマを出そうともしている。でも、これはやはり「プロダクト・オリエンテッド」の発想です。いかに技術で世界を変えるか、という発想ではないようにみえます。
「つまらないAI」でも効果はある
では今後、AIやIoTは企業にどんな影響を与えていくと予想しますか。
需要と供給をつないで効率的な生産を実現する、エネルギー消費を最小限に抑える、求職者の傾向を分析して誰を雇用すべきか見極める――。AIやIoTはあらゆる領域で様々な利益を企業にもたらすことになるでしょう。まるで電気のように、どこにでも当たり前に存在するものになる可能性があります。
ただ、これまで話してきたように、そんな世界を手にするにはまだまだ時間がかかりそうです。といっても、現時点でAIやIoTの技術を企業活動に全く生かせないわけでもありません。あまり目立たないけれど、着実な成果を上げられる領域はたくさんあります。サプライチェーンで情報を共有することでムダな生産をしないようにする。あるいは消費者に送った販促メールがどんな効き目があったかをチェックして次に生かす、などです。
そんな活用は「つまらない」と言う人がいるかもしれません。でも、一定の利用価値はある。こうした領域から着実に成果を出していき、一方で、業界を挙げて標準化を目指す取り組みを進めていくことが、AIやIoTを活用するうえで成功の条件になるでしょう。
この記事はシリーズ「特派員レポート」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?