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 東南アジア経済が減速している。8月20日、タイ財務省は2019年のGDP(国内総生産)成長率の見通しを3.8%から3%に引き下げ、その前週の13日にはシンガポールの貿易産業省が1.5〜2.5%としていた成長率の見通しを0〜1%に引き下げた。今年7月にはアジア開発銀行が4月に発表した域内の成長率(4.9%)を0.1ポイント、下方修正している。2018年の実績(5.1%)と比較すると、0.3ポイントの減少だ。

 激化する米中貿易摩擦が東南アジア各国の経済見通しを不透明にしている。ただ、その影響の度合いは各国によって異なる。打撃が大きい国もあれば、恩恵を受けている国もある。

米中貿易摩擦は東南アジアのサプライチェーンを大きく変えそうだ(写真はミャンマーのティラワ経済特区に隣接するコンテナターミナル)

 米国が中国に対する制裁関税を強化した場合、「最も強い影響を受けるのはシンガポールで、タイ、マレーシアがそれに続く」と野村シンガポールでインドや日本を除くアジア経済を分析するソナル・バルマ・チーフエコノミストは見る。

 この3カ国は外需、特に中国向け輸出への依存度が高く、第4弾の制裁関税で広く対象となる電気製品などに使う部品の輸出も多いためだ。タイやシンガポールが今年度の経済見通しを弱気に見る理由もここにある。もっとも、マレーシアには米中摩擦を避けようと企業が生産拠点を中国から移す動きが出ており、タイに比べると影響が抑えられそうだ。

 インドネシアやフィリピンに対する影響は、タイやシンガポールに比べると小さい。インドネシアは資源価格の下落、フィリピンは政府による予算執行の遅れなどで経済は減速傾向にあるが、内需への依存度が高く、輸出低迷のインパクトが大きくないという。

 今回の米中貿易摩擦で「漁夫の利」を得ている国はベトナムだろう。今年6月に野村証券がまとめたグローバルマーケットに関する調査によれば、米中摩擦が引き起こしたサプライチェーン再編成の動きの恩恵を受ける国のトップに位置づけられている。中国や台湾メーカーに加え、日系メーカーも相次ぎ生産拠点を中国からベトナムに移管させている。米国輸出の代替拠点としての存在感は高まっており、同国の2019年1〜6月の輸出額は前年同期比7%増えた。

2番手グループ、追い上げのチャンス

 ラオスやミャンマー、カンボジアといった、域内先進国の後を追う「2番手グループ」はどうだろうか。

 ラオスのある現地物流企業の幹部は「米中摩擦の影響は特に感じていない。むしろ摩擦はチャンス」と話す。同様に、カンボジアやミャンマーでも米中貿易摩擦を不安視する声はあまり聞かない。

 米中摩擦の影響が大きいのは、中国向けの輸出の比率が大きい国、特に中国を経由して米国を最終消費地、あるいは組み立て地とする電機や機械関連の部品の比率が高い国と見られる。2番手グループはそもそも輸出額が多くない。世界貿易機関(WTO)のデータによれば、ミャンマー、カンボジア、ラオスの年間輸出額(2018年)はそれぞれ167億ドル、143億ドル、52億ドル程度と、タイやベトナムの10分の1にも満たない。

 さらに2017年と少し古いデータになるが、輸出の内訳を見ると農産物や資源、衣料品の比率が大きい。つまり、この3カ国は産業高度化の途上にあり、国境を越えたモノづくりのサプライチェーンに完全には組み入れられていないため、米中摩擦の影響が小さいと考えられる。

 ラオスなどで米中摩擦を好機と捉える声があるのは、これをテコに輸出産業を振興し、グローバルなサプライチェーンに参入できるとの見方が背景にあるからだ。

 先進国や中国の大手メーカーが中国からベトナムやタイ、マレーシアなどに完成品の生産拠点を移せば、東南アジア域内でサプライチェーンを完結させようと、部品のサプライヤーも順次拠点を移転させるだろう。その一部はタイやベトナムなどより人件費を抑えられる域内の国、つまりラオス、カンボジア、ミャンマーなどに注目し、拠点を構えるのではないかとの期待がある。

 ベトナムやタイ、マレーシアに製造業が押し寄せれば、それぞれの国で生産コストの上昇圧力が高まる。これを嫌気した既存の工場がより安価に生産できる環境を求め、玉突きで近隣国に拠点を移すのではないかと見る向きもある。ミャンマーのある企業の幹部は、中国、台湾、日本企業の進出が相次いだことにより、「ベトナムの人件費の上昇ペースは速まっている」と話す。その結果、「縫製業など労働集約型の産業を中心にベトナム国外への移転を模索する動きが既に出ている」(同)という。

 ラオス、カンボジア、ミャンマーは物流や電力供給など、工場の操業に不可欠なインフラ整備や人材育成などに課題を抱える。逆にこれをうまく克服することさえできれば、他国が米中摩擦に足をとられている間隙を縫って急成長を遂げられるかもしれない。少なくとも、米中摩擦が域内の経済勢力図を変えることは間違いなさそうだ。