配車サービス大手の米ウーバーテクノロジーズが、「エアタクシー」や「空のライドシェア」といった「UAM(Urban Air Mobility:都市型航空交通システム)」の実現に向けて、積極的な動きを見せている。同社は、電動の垂直離着陸(eVTOL)機を利用した空の移動サービス「Uber Air(ウーバー・エア)」の2023年開始を目指している。
ウーバーの狙いは既に持つ自動車や電動自転車のシェアサービスと合わせて、巨大なMaaS(Mobility as a Service)基盤をつくり上げることだ。6月11~12日にワシントンで開催した関連イベント「ウーバー・エレベート・サミット2019」に登壇したダラ・コスロシャヒCEO(最高経営責任者)は、23年の商用サービス開始に向けて順調に前進していることをアピールした。
ウーバー・エレベート・サミット 2019に登壇したダラ・コスロシャヒCEO
早い、安い空のライドシェア
ウーバーが空の移動サービスに期待を寄せるのは、渋滞問題にあえぐ都市部で、早くて安いモビリティー(移動手段)を提供できる可能性を秘めるからにほかならない。
ウーバーの試算によれば、eVTOL機を用いた移動サービスは自動車に比べて移動時間を数分の1にできるという。eVTOL機は内燃機関を用いる従来のヘリコプターに比べて、運用コストを大幅に削減できると期待されている。今回のエレベート・サミットで見せた試算結果によれば、運用コストをヘリコプターの6割以下にできるという。普及すればいずれ配車サービスよりも安価にできる移動区間も出てくるとみている。
こうした試算結果から、ウーバーは空の移動サービスが都市交通の一翼を担うと判断。その実現に向けて、「ウーバー・エレベート」というプロジェクトを16年に立ち上げた。さまざまな立場の利害関係者と共に、機体やインフラ、安全・騒音基準の策定、運航管理システム、住民の受け入れ(社会受容性)など、広範な題目について議論・検討するためのものだ。これまでのようにタクシー業界など既存ビジネスを破壊しながら単独で突き進むのではなく、航空機メーカーや米航空宇宙局(NASA)、航空業界の規制当局、自治体なども巻き込みながら活動している。
運輸長官が登壇
エレベート・サミットは17年4月に米ダラスで、18年5月に米ロサンゼルスと2年連続で開催し、プロジェクトの進捗状況を明らかにしてきた。両都市はウーバーが20年にウーバー・エアの実証試験を実施する都市だ。
3回目となる今回は、実証試験とは直接関係がないワシントンで開催した。ウーバー・エアの実現には、行政機関や規制当局などと協調しなくてはならない。そのため、「政治の中心地であるワシントンで開催したのだろう」(複数の参加者)。そのもくろみ通り、米連邦航空局(FAA)のキーパーソンのほか、米運輸長官のイレーン・チャオ氏が登壇した。チャオ氏は昨年のサミットではビデオメッセージにとどまっていたが、今回は本人が壇上に上がり、空のライドシェアという新たな移動手段に期待を寄せた。
eVTOL機を用いた空の移動サービスに対する行政の期待も大きい。世界中の大都市で深刻化している渋滞問題の解決手段になり得るからである。
小池都知事が登壇するも東京は落選
今回のエレベート・サミットのトピックは大きく2つある。1つは、米国外で初めてとなる実証試験の場所がオーストラリアのメルボルンに決まったこと。ダラスとロサンゼルスと同じく、20年に実証試験を開始する予定で、23年には本サービスの開始を目指しているという。
これまでウーバーは、オーストラリアのほか、ブラジルやフランス、インド、日本の5カ国を候補に挙げていた。中でもウーバーが期待を寄せていたのが、東京だとされる。実際、ウーバー・エアに関するイベントを米国外で初めて開催したのは東京だった。18年8月に開催した「ウーバー・エレベート アジアパシフィック・エクスポ」だ。同イベントには東京都知事の小池百合子氏が登壇したが、東京は選ばれなかった。「墜落などのリスクを勘案すると、東京としてYesと言えなかったようだ」(ウーバー・エアの事情に詳しい複数の人物)。今回は選ばれなかったものの、「東京で実証試験を行うことはあきらめていない」(ウーバー関係者)という。
新たな実証試験の場に選ばれたオーストラリアは、ウーバーが配車サービスの利用者を順調に伸ばしている市場だ。ハイヤー配車サービス「ウーバー・ブラック」を12年11月に、ライドシェアサービス「ウーバーX」を14年3月に開始し、右肩上がりで利用者が増加。18年6月には複数のユーザーで利用する「エクスプレス・プール」を開始し、さらに利用者を増やしている。現在、オーストラリアの37都市でサービスを展開し、月間380万人が利用しているという。こうした従来の配車サービスとウーバー・エアを組み合わせて、さらにウーバーのサービス利用者を増やす考えである。
まずはヘリで検証
もう1つのトピックが、ヘリコプターを利用した移動サービス「ウーバー・コプター」の発表だ。同サービスはウーバー・エアの運用ノウハウの蓄積や事業収益化などを検証する役割を担う。
ウーバー・コプターでは、利用者はまずウーバーXのような自動車のライドシェアや「ジャンプ」のような電動シェアサイクルのほか、バスや鉄道といった公共交通機関などの陸の移動手段で発着場まで移動する。次に、ヘリコプターで目的地そばの発着場まで飛ぶ。続いて着陸後、再び陸の移動手段で目的地まで向かう。複数の移動手段を利用する「マルチモーダル化」で移動時間の短縮を図る。ウーバー・エアでも同じ構図で、陸の移動手段と無駄なくシームレスに乗り継ぐことができるかが、利用者を増やす上で重要になる。
そこでウーバーは、複数の手段でシームレスな移動を可能にするクラウド基盤を開発している。ウーバー・コプターは同基盤を利用する。そこで得られた知見をクラウド基盤の開発にフィードバックし、ウーバー・エアに向けて改良を施す狙いがある。
さらに、ウーバー・コプターは、空の移動サービスをどのように収益化するのか、その実証という側面を持つ。同種のサービスに、エアバス・グループの「Voom(ブーム)」がある。エアバスも空のライドシェアに向けたeVTOL機を開発している。ブームでは現在、ヘリコプターを利用しつつ、将来のeVTOL機を利用した空の移動サービスの実証の場となっている。既にメキシコシティとサンパウロでサービスを開始している。すなわち、空の移動サービスで一歩先を行くエアバスをウーバーが追う形である。
ウーバーはウーバー・コプターを19年7月からニューヨークで開始する。ダウンタウンの発着場からジョン・F・ケネディ(JFK)国際空港までの移動にヘリコプターを利用する。発着場まではウーバーXなどで移動し、その後ヘリコプターでJFK国際のヘリの発着場まで移動、そこからJFK国際空港のターミナルまで自動車で移動する。
出発地からJFK国際空港までの「ドア・ツー・ドア」で、約30分で移動できるという。ウーバーXで移動した場合、およそ110分、鉄道と徒歩では82分かかっていたとする。値段は需給状況によるが、およそ200~225ドルと説明した。同業の米ブレード・アーバン・エア・モビリティーによる、JFK国際空港とダウンタウン間のヘリ移動サービスとほぼ同水準の金額である。
JFK国際空港とダウンタウン間を、ヘリコプターと従来の移動手段で移動した場合の 移動時間の比較。スライドはウーバー
仮にeVTOL機で同種のサービスを展開すると、電動化による運用コストの削減効果によって、1座席、1マイル当たりのコストは、従来のヘリコプターに比べて、サービス開始直後で約半分になるとみる。その後、時間が経過するとさらにその1/3ほどになり、パイロットが不要な自律飛行が可能になれば、さらにコストが下がるとする。
従来のヘリコプターとeVTOLによる移動のコスト比較。数字は、1座席、1マイル当たりのコスト。スライドはウーバー
ウーバー コプター用に、ユーザー(搭乗者)とヘリコプターのパイロット、オペレーター、ヘリポートのそれぞれに専用アプリをウーバーが提供する。これらのアプリは、ウーバーのクラウド基盤で連携している。
斬新な機体や未来都市のような離着陸場
さらにエレベート・サミットでは、ウーバー・エアに利用する新型機体を続々発表。離着陸場の「Skyports(スカイポート)」の詳細も発表した。ウーバーは、自動車によるライドシェアサービスと同じく、機体を製造・所有せずに、あくまでサービスプロバイダーに徹する。そのため、リファレンス(参照)機の開発や検証などにとどめ、パートナー企業に開発・製造してもらう。これまでパートナー企業は、米ボーイング傘下の米オーロラ・フライト・サイエンシズと米ベル・ヘリコプター 、ブラジルのエンブラエル、スロベニアのピピストレル、米カレム・エアクラフトの5社だった。今回新たに、6社目として米ジョーント・エア・モビリティーが加わることが明らかになった。
6社目として米Jaunt Air Mobility(右端)が加わった。スライドはウーバー
いずれの企業の機体も、パイロットのほか、4人が搭乗できる5人乗り、搭載する2次電池の電力だけで飛行するフル電動型、移動距離は最大60マイル(約96km)など、ウーバーがウーバー・エア向けで求めている仕様を満たすことを狙っている。
展示スペースに出展したPipistrelの機体のモックアップ
ウーバー自体も新しい参照機「eCRM(eVTOL Common Reference Models)-004」を見せた。さらに、仏サフラングループの米サフラン・キャビンと共同開発した搭乗部(キャビン)を初公開。人がスムーズに乗り降りできるようなデザインにしたという。
Safran Cabinと共同開発したキャビンの実物大モックアップ。実際に座って乗り心地を確かめられた
駐車場や駐輪場を完備した離着陸ビル
発着場に関しては、より現実的なコンセプトを発表した。ウーバーは昨年のエレベート・サミットでは、「近未来の都市ビル」のような発着場のコンセプトを大々的に発表。建築分野やエンジニアリング分野のコンサルティング会社などによる数十件の提案の中から、実現性の高い6グループのコンセプトを選んだ。
いずれもウーバー・エアが普及した時代を想定した大規模なものが多かったが、今回、発表したデザインは小規模で、以前よりも現実味があるデザインだった。外観だけでなく、内部構成も披露した。例えば、駐車場やシェアライド用自転車の駐輪場などが建物の1階や2階といった低層階にあり、エレベーターで上がって屋上にある発着場や待合室に短時間で移動できる構成にしていた。
空飛ぶタクシーの実現、拡大のために必要な資金をどう集めるのか、その答えは今回のエレベート・サミットでは見えなかった。ウーバー・エアでは機体から離着陸場といったインフラまで、新たに用意する必要がある。それを誰が負担するのかにかかわらず、大きな投資が必要になるのは想像に難くない。
この点が、個人ドライバーと個人所有の自動車を活用して成長してきたライドシェアのビジネスモデルとは大きく異なる。もちろんその点はウーバーも理解しており、ソフトバンクグループのビジョンファンドやボーイング系のベンチャーキャピタルの関係者が登壇するパネルディスカッションなど、投資家の関心を引く講演もエレベート・サミットに用意した。ワシントンで開催したのも、「インフラに対する公共投資を引き出す狙いもあるのだろう」(複数の参加者)と目されている。
23年のウーバー・エアのサービス開始は、「相当アグレッシブな目標」(複数の航空業界関係者)。機体開発やインフラ整備、各種安全規制の構築などとともに、資金集めが成否を占いそうだ。
『空飛ぶクルマ 電動航空機がもたらすMaaS革命』
ウーバーも参戦する空のMaaS市場、巨大産業を支配するのは?
「空飛ぶクルマ」に乗って渋滞に巻き込まれずに目的地までひとっ飛び――。SF映画などで見られた光景が、当たり前になるかもしれない。「空飛ぶクルマ」とは、航空機と自動車が融合した新しいモビリティー(移動手段)だ。巨大市場に急成長する可能性を秘め、新興企業から大手企業までが主導権を握ろうと世界中で競争が激化している。
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