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 東南アジアで経済成長率の見通しを引き下げる動きが相次いでいる。米中貿易摩擦のあおりを受け、輸出が低迷したことが主因だ。一方、大国間の経済覇権を巡る争いは、東南アジアに漁夫の利をもたらす可能性もある。

 タイの国家経済社会開発委員会は5月21日、3.5〜4.5%としていた2019年の国内総生産(GDP)の成長率目標を3.3~3.8%に引き下げた。同日にはシンガポールの貿易通産省も3.5%としていた目標の上限を2.5%に引き下げている。

 インドネシアでもスリ財務相が15日、現地メディアに対し「2019年の成長率目標を達成するのは困難かもしれない」と発言しており、同国も今後の状況次第で5.3%としている目標を引き下げる可能性がある。マレーシアは予測を据え置いているが、その成長率は2018年を上回るのは難しい見通しで、7日には景気を下支えするため2016年以来となる利下げに踏み切った。

タイの首都近郊にあるバンコク港。ある混載貨物事業者(フォワーダー)は「タイから中国に向かう貨物が落ち込んでいる」と話す。(写真:ロイター/アフロ)

 経済成長を悲観的に見る背景にあるのが米中貿易摩擦だ。東南アジア各国は中国に電子部品など中間財を輸出することで経済規模を広げてきた。しかし米国が課す制裁関税の影響で中国から米国に向かう製品の流れが滞り始め、その煽りを受ける形で中国向け中間財輸出が鈍化している。さらに「先行き不安から中国の消費者の購買欲が減退」(タイ・サイアム商業銀行シニアエコノミストのタナポン・スリタンポン氏)したことにより、製造業にとどまらず農産品など幅広い分野で中国向け輸出が落ち込んだ。

 製造業でも、米中貿易摩擦の影響は玉突き事故のように広範に及んでいる。

 「昨年末を境に、ある得意先の仕事がぱたりと来なくなった」。タイに生産拠点を構える日系工作機械関連メーカーの幹部はこう話す。この会社の得意先は自動車部品をタイで製造し、中国での加工を経て、米国に輸出している。米国が昨年9月に課した追加関税の対象にこの部品が含まれていたようだ。米国企業は中国企業への発注を見合わせるようになり、その影響でタイの自動車部品メーカーの仕事も激減。最終的に、この企業を得意先の一つとしていた工作機械関連メーカーにまでしわ寄せが及んだ。

 米トランプ政権は13日、「第4弾」となる制裁関税について発表し、ほぼ全ての中国製品について最大25%の関税を上乗せする計画を明らかにした。仮にこの制裁関税が発動した場合、東南アジア経済への打撃はより深刻になる。「中国は東南アジアからますますモノを買わなくなり、あらゆる産業が停滞する恐れがある」(タイ・カシコン銀行シニアリサーチャーのタサワンカオ・ウパタム氏)。

サプライチェーン見直し機運をチャンスに

 もっとも、東南アジアにとって米中貿易摩擦はチャンスにもなり得る。たとえばベトナムの2019年1〜4月の輸出額は前年同期比で約6%増加した。中国向けが減少する一方で、米国向けが好調だった。米国の衣料業界などが制裁関税の拡大を見越して、製品の調達先を中国からベトナムにシフトさせた結果と見られる。

 タイは輸出が振るわないものの、海外企業からの直接投資が急増している。タイ投資委員会(BOI)によれば、2019年1〜3月期、海外からの投資申請額が前年同期に比べ3.5倍に拡大した。特に中国、日本、台湾企業からの申請が増えている。制裁関税を回避するため生産拠点を中国から東南アジアに移す動きが出ていることが背景にある。16日にはリコーが米国向け主要複合機の生産をタイに集約すると発表している。

 世界銀行チーフエコノミストのアンドリュー・メイソン氏は「貿易摩擦がリスクであるのは間違いないが、重要なのはこれをチャンスに変えることだ」と指摘する。サプライチェーン見直しの動きを捉え、中国に代わる調達先や生産拠点として自国をうまくアピールできれば、米中貿易摩擦は東南アジア各国にとって漁夫の利を得る好機にもなる。貿易摩擦を主因とする世界経済の停滞を内需の拡大などで乗り切りつつ、サプライチェーン見直しの動きを引き寄せる巧拙が、東南アジア各国の中長期的な成長を左右しそうだ。