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 タイとカンボジアを結ぶ鉄道が45年ぶりに開通した。国境を越える橋も完成しており、両国間の物流が大きく改善されそうだ。戦争や内戦に翻弄されたカンボジア国境の町が変わりつつある。

 両国の国境一帯はもともと、太平洋戦争後も旧日本軍の鉄道網が残っていた。日本軍は英領マレー半島や同ビルマ(現ミャンマー)を目指し、一部の部隊が仏領インドシナの一部となっていたカンボジアからタイに進駐している。その際、物資の輸送を円滑にするためカンボジアの首都プノンペンからタイのバンコクに至る鉄道網が整備された。

 当時フランスとタイ政府はそれぞれ国境近くまで鉄道網を整備していたが、つながっていなかった。そこで日本軍はカンボジア西部の都市シソポンから国境に隣接した町ポイペトを経て、タイ側国境の町アランヤプラテートに至る約60kmの鉄道軌道を短期間のうちに構築。プノンペンーバンコク間の鉄道一貫輸送を実現させた。

 東南アジアで日本軍が構築した国境を越える鉄道といえば、タイとミャンマーを結ぶ泰緬(たいめん)鉄道が知られる。だがタイとカンボジア国境でも鉄道は建設、運行されていた。泰緬鉄道は一部が今も残り、観光地として多くの人々が訪れる場所になった。一方、タイとカンボジアをつないでいた鉄道は長らく「幻の存在」だった。

かつて日本軍が建設し、その後カンボジア政府が再建したタイ国境に伸びる鉄道軌道。鉄橋を越えた先がタイだ

 終戦後、日本軍は撤退し、鉄道網は残された。1949年に独立を果たしたカンボジアはこれを国の復興に活用することもできたかもしれない。だが、現実はそうはならなかった。タイとは国境を巡り緊張関係が続き、ベトナム戦争に巻き込まれ、そして激しい内戦に突入していく。

 1970年代には極端な原始共産主義を掲げるポルポト政権が鉄道インフラを徹底的に破壊した。ベトナム軍のカンボジア侵攻により政権が崩壊した後も、ポルポト派はカンボジア・タイ国境地帯に逃れて武装闘争を続けたため、この地域のインフラは劣悪な状況が続いた。

 苦難の歴史のなかで幻となっていた鉄道が再興し始めたのは2000年代に入ってからだ。カンボジア政府はアジア開発銀行などの支援のもとで鉄道インフラの再構築を進め、ようやく昨年プノンペン―ポイペト間が結ばれた。

 今年4月には国境をまたぐ鉄道も再開通した。4月22日に開かれた開通式にはタイのプラユット暫定首相とカンボジアのフン・セン首相がそろって出席し、タイ側のアランヤプラテートからポイペトまで列車で移動し、歴史的な鉄道の再開をアピールした。フン・セン首相は式典で「(国際鉄道の開通は)平和と繁栄をもたらす」と話している。

タイからカンボジアに向かう国際鉄道に乗るカンボジアのフン・セン首相(写真左)とタイのプラユット暫定首相

 この国際鉄道の再開通が象徴するように、国境に隣接する町ポイペトは今、カンボジアの経済成長をけん引する拠点として変貌を遂げつつあり、日本や中国、タイの企業の関心を集めつつある。