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 米国のトランプ大統領は15日、国境の壁の予算を捻出するため「国家非常事態法」に基づき非常事態を宣言した。メキシコ国境から犯罪者やドラッグが流れ込む現状を「国家の危機」と捉えた格好だ。もっとも、実際に国境のコミュニティで暮らす人々はトランプ大統領のレトリックに複雑な表情を浮かべている。

 トランプ大統領は壁の建設や自身の移民政策を正当化するため、国境地帯を危険な場所として描いている。実際にドラッグや不法移民が国境を越えていることは事実だが、国境で暮らしている人々の大半は普通の住民であり、子供により良い生活の機会を与えたいと思う普通の親たちだ。筆者が昨年訪れた国境の街、アリゾナ州ノガレスに住む人々も、トランプ大統領が作り出すイメージに怒り、困惑していた。

 米国とメキシコの国境にある街、アリゾナ州ノガレス。ハイウェイでノガレスに向かうと、ある場所から速度標識がマイルからキロメートルでの表示に変わった。米国はマイル表記だがメキシコはキロメートル表記のため、国境付近になると標識が切り替わるのだ。

 ノガレスはアリゾナ州とメキシコ・ソノラ州の両方にまたがるツインシティである。もともとは一つの町だったが、1853年に現在の国境線が引かれたことで別の国に分かれた。ただ、「アンボス・ノガレス(両方のノガレス)」と地元の人々が呼ぶように、国境こそあるもののコミュニティとしてはほぼ一体だ。

 国境の両サイドに家族や親戚がいるのは当たり前。ほとんどの住民は英語とスペイン語を話し、仕事や買い物、通学のために日常的に国境を行き来する。山岳地帯の谷筋に開けた双子の町。丘の上にうねるように続く国境フェンスは何とも言えない独特の光景である。

うねるように建つノガレスの国境フェンス

 2018年12月初め、メキシコ側のノガレス・ソノラで、あるイベントが開催された。“Rally for Border Youth”というイベントだ。

 “Rally”とあるように、実際にメキシコサイドを訪れると、国境フェンスのすぐそばで子供たちがテニスに興じていた。即席で作られたステージでは、地元ノガレス・ソノラの著名バンド、La Coyotaによる生演奏やメキシコの伝統衣装に身を包んだ地元ダンサーの踊りも披露されている。周囲には米国への入国審査を待つ人々の長い行列。生演奏やダンス、テニスをする子供たちを好奇の目で眺めている。

 このイベントを主催したのはノガレス・アリゾナに拠点を置くBorder Youth Tennis Exchange(BYTE)。国境の両側に住む子供たちに、テニススクールと放課後学校プログラムを無料で提供している団体だ。

 アンボス・ノガレス、とりわけノガレス・ソノラの貧しい子供たちがテニスに触れる機会はほとんどない。そんな子供たちにテニスの機会を与えるため、元テニスプレイヤーのチャーリー・カトラーが2015年に設立した。現在、ノガレス・アリゾナとノガレス・ソノラで100人前後の子供たちがBYTEのプログラムに参加している。

 当初、このイベントはフェンスをまたいだ国境の両側で開催される予定だった。だが、中南米諸国から米国を目指す移民の集団、キャラバンがクローズアップされたことで、米国サイドでの開催許可が下りなかった。そのためノガレス・ソノラだけの開催になったという経緯がある。

12月に国境フェンスの目の前で開催されたテニスイベント(写真:Retsu Motoyoshi)

 BYTEがこのイベントを開催しようと考えた表向きの理由は、BYTEの設立から3年が経過し、組織が形になったことを両サイドの子供たちやその家族と祝うため。ただ、彼らにはもう一つの理由があった。それは国境のコミュニティの本当の姿を知ってほしいという思いだ。

 トランプ氏がホワイトハウスの住人となってから、国境エリアの安全保障が政治的な論点になった。壁の建設を唱えていることからも分かるとおり、トランプ大統領は不法入国を目論む犯罪者やドラッグカルテルが暗躍する危険な場所として国境を描いている。

 だが、国境のコミュニティに住む人々の大半は平凡な生活を送っている普通の住民であり、子供により良い生活をするためのチャンスを与えたいと願う普通の親だ。コミュニティは米国とメキシコの文化が融合しており、様々なものを受け入れる包容力を感じさせる。BYTEはそうした現実を伝えようと、国境でのイベントを企画した。実際、12月のイベントにはノガレス・アリゾナとノガレス・ソノラの両市長を含め、数多くの関係者が参加した。

 実際に壁こそ建設していないが、移民枠の減少や関税措置によってトランプ政権は事実上、国境を閉ざしつつある。トランプ氏の人間性や政治手法には辟易としているものの、厳格な国境管理という方針に理解を示す米国人は少なくない。不法に入国するのではなく、合法移民として正規ルートで入国するのであれば米国人として喜んで受け入れるという米国人も数多い。「壁」という言葉は極端だが、国境管理の厳格化と不法移民対策は一定の支持を得ている。