2020年1月7日、上海工場の本格稼働を祝うイベントで奇妙な踊りを披露した後、記念撮影をするテスラのイーロン・マスクCEO (写真:Bloomberg / Getty Images)
米EV(電気自動車)大手テスラの株価急騰が際立っている。2019年12月5日に330.37ドルだった株価は20年1月30日には640.81ドルと倍近くに跳ね上がった。
同社のイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は20年1月7日、中国・上海工場の本格稼働を祝うイベントで奇妙なダンスを披露してみせた。小躍りしたくなるほど気持ちが高揚している理由の1つに、株価高騰で同社が抱える巨額負債(19年10~12月期は134億ドル)の負担が軽くなることがある。同社は次の4年間で、株価が350ドル以上になると株式に転換できる新株予約権付社債(転換社債=CB)を約40億ドル分、発行している。このまま株価を維持できれば、40億ドルの負債が4年で消える。
1月29日の米株式市場が閉じた後、テスラは19年10~12月期の決算を発表した。売上高が前年同期比2%増の73億8400万ドル、純利益が同25%減の1億500万ドルで、2四半期連続の黒字を達成した。これも市場は好感。同日の時間外取引では一時同日終値の11%高を付け、初めて600ドル台を達成した。
19年10月の決算発表からの上昇ぶりがすさまじい(©2020 Verizon Media. All rights reserved.In partnership with ChartIQ)
株価高騰のきっかけは19年10月23日に発表した19年7~9月期の黒字決算だった。赤字を垂れ流し続ける同社に、もはや期待すら抱かなくなっていた投資家たちは、この予想外の結果に再び目を輝かせた。異性の興味を引くには「いったん落として上げる」のが鉄則らしいが、このときの投資家たちも同じようにテスラの魔法にかかったようだ。
グレタさんの「How dare you!」も追い風に
もちろん、時代の後押しもある。「How dare you!(よくもそんなことが言えますね)」。19年7~9月期決算発表のちょうど1カ月前、米ニューヨークにある国連本部で開かれた「気候行動サミット」の開幕式で、スウェーデンの活動家グレタ・トゥンベリさんがこう言って各国の首脳陣をにらみつけた。以前から気候変動(Climate Change)の話題は注目を集め始めてはいたが、この出来事が世界の「空気」を変える大きなきっかけになった。
米国でいまや気候変動は、政治にも経済にも大きな影響を与えるホットトピックだ。「(分割説が出るなど)当局からの風当たりが強まるフェイスブックやアマゾン・ドット・コムなどとは対照的に、テスラにはこれから追い風が吹くだろう」。地政学リスクを分析して政府首脳や企業に助言する米ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長は、こう推測した。
テスラが掲げてきたビジョンに時代が追いついてきたと見ることもできるが、こんな疑問も湧く。現在の株価高騰がテスラ本来の姿を正しく映し出しているかどうか、という点だ。
機関投資家の見解はどうか。
「ブル」も「ベア」もテスラの未来に好意的
20年1月29日の決算発表前、複数のアナリストにテスラをどう評価するかについて聞くと、回答はおおむね好意的だった。調査会社のニュー・ストリート・リサーチは、1月21日に発表したリポートで、テスラの株価の目標価格を530ドルから800ドルに引き上げた。1月29日現在の580.99ドルからさらに上がるとの見立てだ。
同社でアナリストを務めるロルフ・バルク氏は、その理由についてこう説明した。「テスラは25年までに200万~300万台を販売し、利益率は業界トップクラスになると見ている。実現すれば、25年初めの株価は1100~1700ドルとなり、そこから推測すると21年の株価は640~960ドルの間になる」。今回の決算でテスラが発表した20年の年間出荷台数目標が50万台だから、4年で4倍以上になる計算だ。
もともと同社はテスラに対して好意的な見方をする「ブル(強気)派」だが、そうではない「ベア(弱気)派」の機関投資家たちでさえ、目標価格を上乗せし始めた。例えば、スイスのUBSは1月23日付のリポートで、目標価格を160ドルから410ドルに引き上げた。25年までに販売台数は110万台、利益率は11%と見通している。
だが、UBSはあくまで「テスラ株は売り」のスタンスを維持している。同社アナリストのパトリック・フンメル氏は「(テスラがこれまで恩恵を受けていた)EV補助金がなくなるため、米国での需要が減る点を多くの人が見逃している」と指摘する。
テスラが工場を立ち上げたばかりの中国でも、補助金は段階的に減らされている。テスラは21年にも独ベルリン近郊で工場を稼働させる予定で、米国はもちろん、これらの新しい工場をフルに稼働させられるだけの需要を維持できるかは未知数だ。
経営面でも課題は残る。
2四半期連続黒字決算もビジネスは縮小
株価高騰の主因となった19年7~9月期と10~12月期(19年下期)の連続黒字決算だが、18年下期と比較すると売り上げ・利益ともに目減りしている。売上高は18年下期の141億ドルから19年下期は137億ドルに、純利益は4億5000万ドルから2億4800万ドルに減少した。黒字が出て評価を上げた同社だが、実際にはビジネスが縮小しているのだ。
19年5月にテスラ株が急落していたときに書いた記事では、同社が抱える根本的な課題として「資金繰り」「マスク氏に対する投資家の不信感」「アーリー・マジョリティーの壁」「QCD(品質・コスト・納期)における競争力」を挙げた。資金繰りとマスク氏への信頼が株価高騰でいったんは回復したとすると、残りの2つはどうか。結論から言うと、現時点では解決していないと言えそうだ。
まずアーリー・マジョリティーの壁だが、前回の記事の論点をまとめると、利益を出しながら持続的に成長を続けるためには、顧客層を「アーリー・アダプター」から「アーリー・マジョリティー」に広げることが不可欠になる。だが、テスラが造るEVはアーリー・マジョリティーの心を射止めるには斬新すぎる。アーリー・マジョリティーが求めるのは、どちらかというとトヨタ自動車の「カムリ」やホンダの「アコード」のような安心感のあるクルマだからだ。
もちろん、すでに触れたように気候変動への意識の高まりでEVが急ピッチに普及する可能性は高いし、自動運転に対する心理的な壁も低くなっていくだろう。だからこそ投資家たちがテスラを高く評価し始めたわけだが、現時点でテスラがまだ越えられていない壁もある。価格の問題だ。
この記事はシリーズ「特派員レポート」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?