今回のチェックポイント
  • ●日本は西国中心に発展してきた
  • ●その総決算は豊臣秀吉。京~大坂経済圏を構築
  • ●徳川家康は江戸を大改造し2大都市体制を築いた
ラインアップ 全10回(毎週火曜日掲載)
  • 01 土地は誰のもの?~天武・持統天皇
  • 02 源平合戦と同じく大事な土地政策~源頼朝
  • 03 室町幕府が京都を選んだ理由~足利尊氏
  • 04 和同開珎は最初の貨幣と呼べるのか?~平清盛
  • 05 日本の元祖シーレーンは日本海と瀬戸内海~上杉謙信
  • 06 楽市楽座は戦国大名の富国強兵策
  • 07 古代の土地制度をぶち壊す~織田信長
  • 08 茶を広め、カネにし、天下を取る~織田信長(2)
  • 09 石見は世界の銀の3分の1を生産~毛利元就
  • 10 京・大坂に戻らず江戸を新経済圏に~徳川家康
※今後の内容は変わる可能性があります
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徳川家康の肖像(提供:アフロ)
徳川家康の肖像(提供:アフロ)

 今回は「経済圏」の日本史。キーパーソンは豊臣秀吉と徳川家康です。

 日本は元々「西国型」の国家で、西日本を中心に豊かに発展してきました。

 そこに源頼朝が登場し、関東に新しい政権を打ち立てました。しかし関東は経済的に後進地域でした。

 貨幣経済が浸透し、日本列島全体が有機的につながるようになると、足利尊氏は商品経済の中心である京都に政権の拠点を移しました。再び西日本中心の国づくりが進むことになります。

 織田信長も豊臣秀吉も、足利尊氏が作った西国型の武士の政権を踏襲しました。織田信長も経済都市・京都を重視していたと評価しています。加えて、堺ですね。

 信長は必要に応じて拠点を移してきました。もしかしたら、安土の次は大坂に築城したかもしれないと言われています。その傍証として、豊臣秀吉が政権と獲得してから、時間をかけて考えることなく、大坂を拠点としたことが挙げられます。

>>>>続きは上の動画でご覧ください。

本郷和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所教授

1960年生まれ。東京大学・同大学院で日本中世史を学ぶ。専門は中世政治史。史料編纂所で古代資料部門を担当する。著書に『考える日本史』『承久の乱 日本のターニングポイント』など。