「美容界のディズニーランド」と呼ばれ、顧客に感動を与える経営で知られる北九州市の美容室BAGZY(バグジー)。競争の激しい美容室業界で33年連続増収を達成し、2013年には経済産業省による「おもてなし経営企業選」を受賞している。代表の久保華図八氏は業種を越えて数多くの経営者からメンターとして慕われる存在だ。「周囲の人たちを幸せにした結果が自分たちの会社の成績として返ってくる」と考える久保氏が、経営者が幸せにするべき人の1人目として「働く仲間」つまり従業員との関係づくりについて語る。
みなさんは、経営で成功する条件というのは、何だと思いますか?
ボクは1つだけ、成功するために重要な条件だと思っていることがあります。
それは時間の使い方です。時間はすべての人に同じ条件で与えられていて、大げさに言えば命と同じです。1日24時間をどのように使うかが、経営で成功するか失敗するかを分けるのではないでしょうか。
15歳で美容業界に入り23歳で独立するが、技術を磨くために渡米。帰国後、北九州市で繁盛店を築く。幹部社員の相次ぐ退職という危機を社員一丸となって乗り越え、社員重視・お客様本位の経営で事業を成長させる。北九州市を拠点に美容室7店舗のほか、カフェ、ネイルサロンなどを展開。大手企業や各種団体などで年間100回以上の講演を行っている。2009年、サービス産業生産性協議会『ハイ・サービス日本300選』受賞、13年、経済産業省『おもてなし経営企業選』受賞。
そして「成功する時間の使い方」としてボクが大切にしているのが「人を喜ばせる、幸せにするのに時間を使う」ことです。
ボクは昔、自分のことしか考えていない経営者でした。技術があればお客さんは来るだろう。高い給料を払えば従業員はついてくるだろう。こう勝手に考えていて、周りの人が何を考えているか、きちんと理解できていなかったのです。
その結果、大勢の幹部が退職し、窮地に陥ったボクを残ったスタッフが助けてくれて、バグジーは現在のように、「いい会社」と言ってもらえるまでになりました。
この挫折が、ボクを変えてくれました。それから再生の経験を通じて一歩一歩、会社のみんなで経営のあり方を形づくってきました。その結果、おかげさまで、創業から33年連続で増収を達成しています。
こうした経験を通じ、経営者には5人の、幸せにするべき人がいると考えています。それは「働く仲間」「お客さま」「かかわりのある業者さん」「地域の人たち」そして「家族」です。この人たちを幸せにした結果が自分たちに返ってきます。
詳しくは拙著『経営者には、幸せにするべき5人の人がいる』をお読みいただければうれしいのですが、この連載では、幸せにするべき人たちと、経営者としてどのように関係を築いていくか、その要点をお伝えしたいと思います。
経営者が幸せにするべき人の1人目は社員です。「働く仲間」とも言えます。
何よりも働く仲間が喜びを感じていなければ、お客さまに喜びを届けることなどできません。
よく「従業員満足」「ES」と言いますが、それは働いているときに高い給料を払うとか、社会保険に入れているとか、休日が多いとか、そういうレベルのことではないと思います。
会社の使命というのは社員を全員漏れなく人生の成功者にすることです。そして社員の成功とは、「成長させること」です。成長の先に成功があるのですから、日々の仕事を通して、人間として成長させてあげることが大切です。
スタッフ全員の出席が必須の入社式。ここでの出会いが一生の付き合いにつながっていく
何かの縁で社員になったら、辞めた後も一生付き合っていく
ボクの店で今年8月、優秀な美容師が1人、独立しました。彼は16年間、ボクに誠心誠意尽くしてくれた人で、毎月1人で400万円も売り上げる、すごい美容師です。
彼は独立にあたって「バグジーに影響のない、遠くでお店をやります」と言っていたのですが、それでは地元にいるご両親にも、今までの彼のお客さまにも迷惑がかかります。
賃貸ではじめるのではなく、土地を買うようにアドバイスするなど、いろいろ相談して、結局、彼はボクの店の近くに土地を買って建物を建て、新しいお店を始めました。
同じ業界の人が聞いたら、「ウソだろう」と思うでしょう。月に400万円も売り上げるライバル店がすぐ近くにできるのを手助けしているのですから。
でも、独立した今も「庭に植える木をどうしましょう」とか、営業時間やメニューのことも含めて相談し合っています。これって、すごくハッピーな関係だと思いませんか?
ボクが考えている社員の成功、社員を成長させるというのはこういうことです。何かの縁でうちの社員になった、1回出会ったなら、辞めた後も一生、その人の成長や成功のために何かをしてあげたい。在職中と同じようにずっといい付き合いをしていきたいと思うんです。
ボクはボクのところで働いてくれている社員と、その家族の誕生日には必ず手書きの手紙を出しています。さらに辞めた人(卒業した人)にも手紙を出しています。今、何をしているか分からない人もいますが、届いている限りずっと続けています。
世の中で「従業員満足」とか「家族主義経営」を掲げている会社は多いと思いますが、それでも、業績が悪いとか、ミスを犯してしまったというときなどに、ペナルティーを科して管理しようというケースは多いのではないでしょうか。
それは、本当の意味での従業員満足になっていないのではないかと思います。
先日、友人のドクターから相談を受けました。
ある患者さんが治療費を「次にまとめて払うから」などといいように言っていて、結局、最終日になって来なくなって、何十万円かの医療費を踏み倒されたという話です。
ドクターはその危険があることを繰り返し言っていたので、「責任感も持ってほしいから、被害に遭った金額を看護師などのスタッフに少しずつ負担させたい」と言うんですね。
でも、ボクはそれはおかしいと思いました。
それよりも「『これだけ損をしたけどその分いい勉強になった。今後どうしたらいいかを話し合おう』とドクターから言ったらいい。きっとスタッフの団結力が強くなり、頑張ってくれると思いますよ」と伝えました。
1週間後に電話がかかってきて「久保さんの言った通りにしたら、医院がすごくいい雰囲気になりました」と言う。担当した看護師は泣いて「もっと患者さんにたくさん来てもらえる、いい病院にしていこうね」と他のスタッフとともに、ものすごく盛り上がったということです。
失敗を許し合える関係をつくる。「失敗してもクビにならない、自分たちを守ってくれる」と社員が感じる。こういう会社に対しては働く人の忠誠心や、信頼が強くなると思います。
失敗や不適切な行動を、いくらやってもいいと言っているわけではありません。一生懸命やっての失敗や行動には、ペナルティーを与えるのではなく、共にできるようになるまで待つということです。
切り捨てる姿を、ほかのみんなが見ている
普通の経営者はできのいい人、成績のいい人を集めて組織をつくりたいと思うのではないでしょうか。ボクは逆です。仮に、ダメな社員がいるとして、1つにはそんなダメな社員でも一人前にできたら、どんな人でも教育できると思っていることもあります。
でも、もっと大きいのは、そのダメな人を助けようとしている、応援しようとしているボクの姿、つまり経営者の後ろ姿をほかの社員が見ているからです。
普通の企業なら業績の悪い人は左遷されるかもしれません。すると、それを残りの人たちが見ているわけじゃないですか。「うわー、見てみろ。ダメになるとあんなふうに切り捨てられるんだぞ」と。そうすると、みんな顔では笑っていても、心では会社のことを信用できなくなります。
一時的に生産性から遠ざかることになるかもしれませんが、どんな人でも大事にすることが強い組織をつくり、結局は生産性も高くなるのではないでしょうか。
ボクは「この子をこうしたら、周囲はどう思うかな」と考えます。その対処で周りがどんな気持ちになるかを深く考えるリーダーシップこそ、いい組織をつくると考えています。
(この記事は日経BP社『経営者には、幸せにするべき5人の人がいる』を基に再編集しました。構成:菅野 武 編集:日経トップリーダー)
著者、久保華図八氏の新刊を発行しました
経営者が幸せにするべき5人の人たちとの関係づくり、そしていい会社をつくるリーダーの条件についてもまとめた久保華図八氏の新刊『経営者には、幸せにするべき5人の人がいる』を刊行しました。感動経営を実践するリーダーとして、業種を越えて多くの経営者から慕われる久保氏が「周りの人を愛し、周りの人から好かれる」経営者としての生き方について語ります。詳しくはこちらから。
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