「美容界のディズニーランド」と呼ばれ、顧客に感動を与える経営で知られる北九州市の美容室BAGZY(バグジー)。代表の久保華図八氏は全国で年間100回を超える講演をこなし、業種を越えて数多くの経営者からメンターとして慕われる存在だ。連載第4回は、経営者が幸せにするべき人の4人目として「地域の人々」との関係づくりについて語る。地域を大切にすることで信用が積み重なり、地域の人々から大切にしてもらえる。それが会社の繁栄につながるという(前回の記事はこちらをご覧ください)。
幸せにするべき人の4人目は、「地域の人たち」です。地域の人たちから必要とされる会社にならなければなりません。
ボクの会社の小倉店の近くに、「怖い」と有名なマスターのいる飲食店がありました。ある日、小倉店に行ったついでに、近所に挨拶をと思って食べに行きました。うちのスタッフは「え、行くんですか?」とびびっていましたけどね。
そのお店に入ると、「いらっしゃいませ」も何も言わない。「何がお薦めですか」と聞くと「何が食べたいの?」と言い返されてしまいました。これは手ごわいな、と思ったのですが「実は近くのバグジーのものでして。いつもお世話になっているご挨拶にまいりました」と打ち明けたんです。そうしたら態度が急に変わりました。
15歳で美容業界に入り23歳で独立するが、技術を磨くために渡米。帰国後、北九州市で繁盛店を築く。幹部社員の相次ぐ退職という危機を社員一丸となって乗り越え、社員重視・お客様本位の経営で事業を成長させる。北九州市を拠点に美容室7店舗のほか、カフェ、ネイルサロンなどを展開。大手企業や各種団体などで年間100回以上の講演を行っている。2009年、サービス産業生産性協議会「ハイ・サービス日本300選」受賞、13年、経済産業省「おもてなし経営企業選」受賞
「え、バグジーの社長さん? 何年もの間、うちの店の前まで掃除してくれて、本当に助かっているんだよ」とにこにこ笑い、たくさんサービスしてもらいました。
もう1つ、これは別の話ですが、あるお店を出店しようと、ビルの大家さんと話しているときに、家賃が高いという話になりました。「高いなぁ」と思って迷っていると、「ところで何のお店なの」と聞かれて「美容室です。バグジーって言います」と答えたら、「ああ、バグジーさん? それじゃあぜひ入ってほしいな。家賃? いくらでもいいからぜひ入ってください」と話がとんとん拍子に進みました。
どちらも、ウソのようですが本当の話です。
地域の人たちに喜ばれるお店をつくっていけば、向こうから善意が返ってきてどんどんうまく回り出していきます。地域を大切にすることで、信用が積み重なっていって、地域の人々から大切にしてもらえるようになります。それがないと、会社が本当に繁栄するのは難しいのではないでしょうか。
お客さまや業者さんのように、直接関わりがなくても、地域の人たちは会社にとって目に見えない応援団なんです。
バグジー中間店(福岡県中間市)。1000坪の大型店で、エステルームやカフェ、ショップを併設している
みなさんのお店や会社の近くの駅でタクシーに乗ったときに、「さん」付けされる会社にならないといけません。ボクのところで言うなら、最寄りの駅でタクシーに乗って「すみません、バグジーに行ってください」と言ったら、運転手さんが、「あ、バグジーさんですね」と言われるお店にならなければいけない。
地域で暮らしている人たちはやっぱり地元を大切に思っていますし、そこにいい会社があれば、その会社を誇りに思ってくれます。自分のお店がその地域のためにできることはないのかと考え、行動している企業のことは、いざ何かあったときには手助けしてくれるのではないでしょうか。それが「徳がある」ということなんだと思います。
お盆には、帰省した人たちが懐かしがってやってくる
ボクのお店はお盆の間、営業しています。その間は、ものすごい数のお客さんが来ます。何で来ると思いますか? それは、バグジーが懐かしいからです。
高校生のころ、バグジーで髪を切ってもらっていたけれど、大学に入って、大阪とか東京とかよそに行っている。あるいは、大人になって結婚して北九州を出て行ったけれど、お盆になって実家に帰ってきた。そういう人たちがみんなバグジーにカットに来てくれる。「10年前のあの方、辞められたんですか」なんて言ってね。
中には「私、高校生のときから、いつか来たいといつもあこがれていました」と言って来てくださる初めてのお客さまもいます。そういうときは「ああ、お店を続けてきてよかったな」と思います。
都会でも田舎でも、地域というのはそこで育った人にとって特別な場所ですよね。その特別な場所を守っていくには、地域に根を張ったお店や会社が一緒になって盛り上げていかないといけない。「儲かりそうだから」と出店して、ちょっとダメだと撤退してしまう大資本の会社とはその部分の意識が違うんです。
ボクたちは、地域のみなさんから「誇り」に思ってもらえるような店を目指しています。
最後に、経営者が幸せにするべき人の5人目として「家族」の話を少しだけしたいと思います。
昔から「夫婦円満なら、商売繁盛」などと言いますが、自分の家族ですら幸せにできない人が、お客さまを幸せにすることなんてできないと思います。すべての基本は家族を大切にすること、これにつきます。
ボクの会社の入社式では、新入社員のお父さん、お母さんに事前にお願いして、20年間、お子さんを育てた思いを手紙にしてもらいます。その手紙を、入社式でみんなの前で読み上げます。
当たり前のように親がいると、そのありがたさを忘れてしまいがちになります。お客さまも同じ。「来てもらうのが当たり前」と思ったら客商売はおしまいです。当たり前に存在する親のありがたさ。それをきちんと知り、感謝することから、お客さまをもてなす心も育っていくと考えています。
経営者にとっての「家族を大切にする」ということ
ちなみに経営者の中には、奥さんや子供のために時間をとったり、社内にいる家族に高い給料を払ったりすることが彼らを大切にすることと思っている人がたまにいます。家族を幸せにするのは大切ですが、このように、過度になってはよくありません。
家族を大切にしている経営者というのは、同族が大切、つまり他人から見ると利己主義としか見えません。そこは、経営者としてよくよく注意しなければならないところです。
ボクの息子と娘が会社にいますが、給料は最低限しか払っていません。「社長の子供なんだから、いい給料をもらったり、いいクルマに乗ったりしていたら、誰もついてこなくなるよ」と言っています。ただ、ボクは普段はほとんど家族と一緒にいないので、1年に数回は必ず、家族で一緒に旅行に行くと決めています。もちろん、その日程には、何があっても絶対にほかの仕事は入れません。
さて、「働く仲間」「お客さま」「かかわりのある業者さん」「地域の人々」「家族」。本連載では経営者が幸せにするべき、5人の人を紹介しました。人を幸せにする、喜ばせるということは、自分を喜ばせることでもあるんです。人の喜びの中にしか幸せはないと言いますか、自分たちの繁栄はないと言えます。
ここまで、様々なことを書いてきましたが、周囲の人を「喜ばせたい」「幸せにしたい」という気持ちが大きい情熱になっているかどうか、それが経営者にとって一番大切なことだと思っています。
(この連載は今回で終了します。また、この記事は日経BP社『経営者には、幸せにするべき5人の人がいる』を再編集しました。構成:菅野 武 編集:日経トップリーダー)
著者、久保華図八氏の新刊を発行しました
経営者が幸せにするべき5人の人たちとの関係づくり、そしていい会社をつくるリーダーの条件についてもまとめた久保華図八氏の新刊『経営者には、幸せにするべき5人の人がいる』を刊行しました。感動経営を実践するリーダーとして、業種を越えて多くの経営者から慕われる久保氏が「周りの人を愛し、周りの人から好かれる」経営者としての生き方について語ります。詳しくはこちらから。
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