日本企業にとって、人口13億人超のインドの魅力は「市場性」だった。それはもちろん大事だが、世界が注目し始めたのは、インドのIT/デジタルに関する人材や技術だ。この魅力から連携が相次いでいる。日本もこの流れに乗り遅れてはいけない。
インド南部の州都・バンガロールで開かれた「日印スタートアップハブ キックオフセミナー」(9月18日)
インド在住の繁田です。インドでマーケティング調査会社を始めて早や十数年。この間、インド現地の市場調査や、中央・地方政府との折衝など、とにかくインド中を駆け回ってきました。昨年にはアグリ&フードに特化したスタートアップエコシステムの立ち上げにも着手しました。
日経ビジネスオンラインでも過去に連載させてもらったこともあります(「本場インドで日本のカレーは売れるか?」シリーズ)。「インドにビジネスチャンスあり」と日本ではよく言われるものの、日本人のインド観はどうしても偏りがち。そこで、激動インドの今のビジネス環境を、インドの内側からぜひお伝えしたく。再びお付き合いください。
今回の連載でスポットを当てたいのは、「急速にデジタル化するインド」、さらには「スタートアップの聖地になりつつあるインド」です。と、私なりに丁寧な言葉遣いですが、インドの今を伝えるには、やはり自分流の書き方にしますね。ご容赦ください。
さて、先日、インド南部の都市バンガロール(正式名称はベンガルール)で、日本貿易振興機構(JETRO)、インド経営大学院バンガロール校(IIM-B)、インドソフトウエアサービス企業協会(NASSCOM)などの主催で、「日印スタートアップハブ キックオフセミナー」が開かれた。
日本のスタートアップ(企業)のインドへの展開促進や、インドのスタートアップの日本との連携促進が大きな目的だ。今年5月に経済産業省の世耕大臣が来印し、インドの商工省との間で日印スタートアップ・イニシアチブにかかわる共同声明が発表された。今回のイベントは、それを受けて日本側の具体的なアクションプログラムのローンチを目的として開催された。
このイベントには、日本側からはバンガロール総領事館の北川総領事、経済産業省の西山商務情報政策局長や、日立製作所、豊田通商などの官民のプレーヤーが参加。またインド側からも政府関係者、IT企業のイノベーション促進部門、多くのスタートアップなどが参加し、総勢200人を超えるイベントとなった。私、繁田もスピーカーの一人として登壇させていただいた。
日本ではここ数年デジタル人材の不足が指摘され、大企業でも「オープンイノベーション」の必要性が盛んに言われるようになった。であれば、ITに強いインドのプレーヤーとの協業を考えねば。連携を促進することで、新たな市場づくりを目指していこうではないか、というわけだ。
これまで日本企業にとってのインドの魅力といえば、人口13億人超の「市場」だった。インド政府の「Make in India」政策に伴い、自動車部品など産業財の現地生産も進んできたが、これもやはりインドの巨大な消費市場を狙う展開の一つという位置づけだった。
もちろん、2022年までに中国を抜いて世界最大の人口になるとも言われるインドの巨大市場は魅力だ。ただし、である。世界がインドを見る目は、急速に変わってきている。世界中の企業がインドの高度人材、IT/デジタル系人材や勢いのあるスタートアップとの連携の重要性を認識し、それらに対しての打ち手が打たれつつあるのだ。
インドには900社を超えるグローバル企業の研究開発拠点が既に設置されている。グーグルやマイクロソフトといったIT/デジタル系企業の大手や、ボッシュやダイムラーといった製造業、日系企業でも日立やNECなどが研究開発拠点を構えている。大企業だけではない。東南アジアでシェアリングカーサービスを提供するGrabといったスタートアップもインドに研究開発拠点を構えている。
世界のイノベーションの事例は、先進国から徐々に新興国で展開されていくというタイムマシン型のモデルはもはや古い。これぞ、というモデルやテクノロジーは一気に新興国でも展開されるという流れなのだ。そしてこういった流れを狙っているのはシリコンバレーだけではない。ドイツ勢もイスラエルもフィンランドも中国も、様々な企業がこのインドのデジタル化の波、そしてインドのデジタルを創り上げていくソフトウエアを中心としたエンジニアリソースを狙っている。
インドも「リープフロッグ」
ごく当たり前のようにキャッシュレスで銀行のカードやQRコードを介した決済が使え、アプリを開けば移動も食事のデリバリーもネットスーパーも使えるという世界は、ここインドにも既に広がっている。ひとたびインドのこういったデジタル系サービスを活用しまくる生活になじんでしまうと、日本の「ザ・ガラパゴス」な世界に再度適応するのはいろいろ面倒だったりもする。
特にインドのように元々インフラがパーフェクトな存在でないところからすると、過去既にインフラに投資してきている先進国諸国と比べると導入が早い。携帯電話網を見ても、日本はポケベルから始まり、2Gや3Gの世界を経由してようやく4Gが導入されたが、今のインドの若い人たちからすれば、4Gがつながることが当たり前でもあり、昔のダイヤルアップでインターネットをつなぐことに苦心したようなそんな世界は理解すらできない。
最近ではこういった「リープフロッグ」と呼ばれる一足飛びで発展する現象が世界各地でみられるけれど、インドも同じことがいえる。世界中で起きるデジタル化の流れ、欧米を中心にしたインドとのIT開発や人材交流、そして仲が悪いといわれつつもビジネス的には相互補完がしやすい中国の連携なども起きている。
デリー近郊にあるインド有数の先端的な都市グルガオン
世界のモデルがそのままインドにやってくる(キッズキャンプ)
特にインドを含めた新興国では既存のインフラや既得権益が少ないこともあって、リープフロッグ現象を起こしやすい状況にある。病院や学校がないからといって、あえてそのインフラを作る必要もない。デジタル化が進めば遠隔医療や遠隔教育で十分ともいえる。実際のところインドの田舎の町で、米国の大学が提供する無料教育を受けているような人たちもいる。
もはや「13億人のポテンシャル市場」を狙うという考えでインドをターゲットにしていては不十分だ。「デジタル化」を意識した13億人のポテンシャル市場への取り組み、そして「デジタル化」をキーワードにしたインドとの連携のあり方を見いだす必要がある。
今回のイベントで、インドの教育サービス提供会社Manipal Global Education ServicesのMohandas Pai会長が「この先3~4年が勝負。その間にチャンスをつかんでいかないと波には乗れない」と強調していた。まさにその通りだと思う。
私は2年程前から、人工知能の開発を手掛ける日本のスタートアップのインド連携プロジェクトを手伝っている。このプロジェクトを始めたころは、インドとはいえディープラーニングやマシンラーニングの開発やサービスを手掛ける会社は多くはなかった。一方でこの半年1年で状況は様変わりしてきているのを肌で感じる。1年前に着手したプロジェクトでも、たった半年の間に市場状況は激変してしまう。
そしてこれらのデジタル社会を作っていくエンジニアたちは現在の消費の担い手でもあり、次世代の市場を作っていく人たちでもある。インドの一人当たりGDPはインド全土では2000ドルほどで、耐久財が普及し始めるといわれる3000ドル水準には満たない。一方でデリー首都圏の一人当たりGDPは4500ドルを超え、ムンバイやバンガロールといった主要都市も同じような水準に達しつつある。
インドは発展途上の国だというイメージはもはや古い。一つの国の中でもまだら模様に様々な消費水準の人たちが入り混じり、世界中の企業に突き付けられた「デジタルトランスフォーメーション」というお題の前に、豊富なエンジニアとその予備軍という人口パワーを生かした社会づくりをしているのが今のインドなのだ。
次回からはその実像を、現地からより詳しくお伝えする。
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