「会社に利益を残さない」などのユニークな経営戦略を大転換し、後輩社員に会社の「地盤」「看板」「かばん」を承継すべく新たな施策を相次いで打っている、広島市のメガネ小売りチェーン「21」。創業者の平本清氏が、裁判所や税務署を舞台に繰り広げた“株価騒動”の最終回。会社を「自分の持ち物」から「みんなの持ち物」に変えられるかと、オーナー経営者に対し問いかける。
1950年、広島県呉市生まれ。高校卒業後、県下最大のメガネチェーンに入社。本店副店長、商品部長などを歴任するも、後継者争いに巻き込 まれて86年に解雇される。同様に解雇された同僚4名で「メガネ21」を設立。「人事破壊」「内部留保を持たない」など独自の経営手法で、100店舗以上を展開する小売チェーンに成長させた。
お世話になった先輩からの電話で始まった“株価騒動”。B社が、先輩の持っているB社の株式を安価で買い取りたいと言ってきたのに対して、私は「B社の純資産から考えれば、10倍以上の価値がある」と言って、裁判所で公正に価格を判断してもらおうと提案しました。
詳細は過去の記事を読んでいただくとして、裁判所の下した仲裁内容は、
B社 1万円株 = 39万円
Bチェーン 500円株 = 1万2000円
B社の純資産額から計算し、私たちが希望した金額よりは安値ですが、株主である先輩たちは「B社が株価を固定したり、安価での買い取りの強要をしていたことが不当だと証明できた」と喜んでくれました。一方のB社にとっても、当初言っていた額面価格に近い安値ではないものの、純資産価額方式の株価に比べれば3分の1以下で買い受けできたことになります。
税務署の判断は実際の売買価格との差110万円がカギ
それでも残った疑問を解決するため、私たちは税務署に乗り込みました。B社が過去に行っていたように、「社員株主を迂回すれば、(同族企業の支配株主であっても)安く株を買い受けられる」という方法自体が合法なのか、ということです。それについての税務署の判断の詳細は、前回、書きました。
その税務官とのやり取りではっきりしたことがいくつかあります。
(1)支配株主が自社株を買い受ける場合、純資産価額方式の価格と実際の売買価格の差が110万円を超えるとみなし所得とみなされる。
(少数株主の場合は、もともと配当還元方式での計算が可能なので、差額が110万円を超えることはまれである。よって、無税で売買、相続が可能と思われる)
(2)税理士、税務署によってこの判断が異なることはない。特区や企業に対する特別な優遇税制も存在しない。
広島市を中心とする「21」のレギュラー店舗では、特定の誰かが株を51%以上所有することはなく、すなわち支配株主は存在しないので、額面譲渡でも問題はないと思われます。
また、「21」にはフランチャイズなどで同族経営の店舗があります。これについても、差額が110万円にならなければ無税相続が可能であることも確認されました。会社の純資産が膨大になれば別ですが、ある程度の規模までは問題なく額面譲渡が可能だと思われます。
会社が「みんなのもの」である限り、無税相続が可能に
これは今回の株価騒動によって、私たちが経験的に学んだことです。元来、日本の税制というのは「個人」には厳しく、「公共物」「共有物」については税制が緩やかになっています。同族会社、支配株主にとって「会社」は限りなく「個人の持ち物」であって、その持ち物の証明となる「株式」を譲渡すると、高額の贈与税、相続税がかかります。しかし、少数株主にとって「会社」は「個人の持ち物」ではなく、「みんなのもの」です。「みんなのもの」である限り、無税相続が可能になります。
本来的に「21」は支配株主が存在しない「みんなのもの」であり、自治で運営している会社です。それは保有株式の比率を見ても明らかです。この理念と実態が損なわれない限り「21」の経営は無理なく、無税で引き継がれていくでしょう。
逆に言えば、世の中の「事業承継に苦慮している多くの中小企業」というのは、それだけ個人所有の色合いが強いわけです。個人的な意見ではありますが、少なくとも現在の日本の制度の中で「本当の無税相続」を実現しようとするならば、やはり経営者やオーナーが会社が「自分の持ち物」という状態を捨て、「みんなの持ち物」に名実ともに変えていくことが必要なのではないかと、私自身は今回のてん末からあらためて感じました。
「21」の次世代を担う人たちには、今回の裁判経緯を含め、「自分たちにとってよりよい事業承継とは?」という点についても考え、理解してほしいと思います。そして将来、日本の税制が抜本的に変わったときには、またみんなで知恵を出し、「21」にとって最も適した事業承継の形を模索してほしいと強く願っています。
本連載の最後に、読者のみなさんにお願いがあります。
今回、書かせていただいた“株価騒動”では、あたかもB社の株のやり取りが不正であり、脱税をしているかのような印象を持ってしまった人もいるかもしれません。本当に、不正であり、脱税だとしたら、それは糾弾されるべきだと私も強く思います。「21」を管轄している税務官は「そのようなやり取りはみなし所得とみなす」とは言ってくれましたが、決してそれはB社個別のケースについて語ったものではありません。
上場企業のような公共性の高い存在に
もしかしたらB社では、私たちが知り得ない方法、それも法に則った方法で、巧みに株式を買い受けているのかもしれません。本音を言えば、その方法を私たちにも教えてほしいところですが、私がB社を訪れ、深々と頭を下げたところで、教えてはくれないでしょう。
だから、日本中の専門家の方々に問いかけたいのです。
支配株主が、社員株主(少数株主)を経由して、安値(額面に近い金額、配当還元方式の金額)で株を買い戻したとしても、みなし所得とみなされず、ほぼ無税でやり取りが可能な方法を知っている方がいたら、ぜひ「21」までご一報ください。お待ちしています。
それはさておき、「21」グループにも支配株主が存在する同族会社が加盟しています。今後はこうした会社でも支配株主が存在しない持株制を実施して、弊社と同様の「みんなで自治する会社」を目指していきたいと思います。
そもそも、上場企業の多くでは支配株主が存在しないため、社長が交代しても次の社長に対して多額の相続税がかかる株式の承継など起きません。株の所有と経営が分離され、公共性が高い存在になっていると言えます。 私たちのような中小企業も、そんな上場企業の高いモラルを見習い、私欲を抑え、顧客、取引先、社員に必要とされる公共性の高い存在になっていくことが大切なのだと、今は強く思います。
特定の誰かのための会社ではなく、公共性の高い存在になれば、将来に渡って事業承継もスムーズに行えるものと確信しています。
(この記事は日経BP社『無税相続で会社を引き継ぐ』を再編集しました。構成:菅野 武、編集:日経トップリーダー)
著者、平本清氏の新刊書を発行しました
株価騒動の一部始終を含め、経営方針の大転換とその理由にも触れた、平本清氏の新刊『
無税相続で会社を引き継ぐ』を刊行しました。その経営が「常識外れのシステムばかり!」と言われたメガネ小売りチェーン「21」の創業者が「社員を幸せにする事業承継」について語ります。詳しくは
こちらから。
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