新著『たった3品で繁盛店はできる!』が好評の楽コーポレーション(東京・世田谷)宇野隆史社長は、これまで数百人を超えるメンバーを独立させてきた。宇野社長は独立を目指して集まる若者に対し、刺し身、肉じゃが、おでんといったいくつかの料理があれば繁盛店はできると繰り返し伝えてきた。そこで大事になるのが、こうした居酒屋の基本メニューを特別なものに感じさせることだ。
刺し身に肉じゃが、鶏、おでん。半世紀飲食業界で働いてきて、これだけあれば立派に繁盛店ができるとオレが思う料理や食材は、もう何十年も変わらない。ただし、売れる商品にするためには、ただの刺し身、肉じゃがじゃいけない。どんな料理にも「ストーリー」がなくちゃ、繁盛店の商品にはならないんだ。
先日、オレがアドバイスをしている金沢の店に行ったときのことだけどさ。開店後間もなく店に入ってスタッフと話していたら、ブリの刺し身を出しながら、その日は富山の氷見でひと網に1000本もブリが獲れたという話をしてくれたの。でもさ、せっかく面白い話なのにその子、他のお客さんには話してなかったんだ。もったいないよね。だってさ、「今日のブリの刺し身は、氷見で揚がったひと網1000本の中の3番目なんですよ!」なんて話せば、他にはないストーリーのある刺し身になるわけじゃない。お客さんは楽しいと思って、絶対食べたくなるはずだ。実際、そんな風に話しながらお客さんに売るようにしたら、仕入れたブリはあっと言う間に全部売り切れた。
商品の「ストーリー」を伝えることで、ただの刺し身が特別な一品となる(写真=涼然/PIXTA、写真はイメージ)
毎日売り切ることでお客さんに新鮮さを楽にアピールできる鮮魚は、繁盛店になるための最大の武器だとオレは思うの。出し方だって凝った料理にせず、生、焼く、煮るとシンプルでいい。だって、お客さんは魚を食べたいと思ったとき、「海老しんじょが食べたい」なんて割烹料理を思い浮かべないでしょ。鮮魚をストレートにアピールできる料理の方が、絶対に力強い。それで、「お客さん、氷見のブリだよ。腹のところのブリトロは100円高いけど絶品だよ。どう?」なんて言ってさ。そうしたらお客さんから「全部トロは嫌だな、半々にしてくれる?」なんて返ってきたりして、話術がなくたって自然に会話ができるんだよね。
地方に店を出すときは魚市場がどこにあるか調べて、そこから交通の便がいい立地を探そうって気持ちでもいいんじゃないかと思うぐらいだよ。それで地元の漁師さんに頼んでしばらく漁を手伝わせてもらったりしたら、そこに濃いストーリーが生まれるでしょ。漁師さんと一緒に写真を撮って、店がオープンしたら壁に飾ってさ。その仕事がどんなにすごいか話せば、店で出す刺し身や焼き魚が一段と魅力的になる。
酒蔵の心意気を感じる
OBも含めてうちの子たちは、付き合いのある酒屋さんに日本酒や焼酎の酒蔵なんかによく連れて行ってもらうのね。でも、中にはせっかく酒蔵に行ったのに、自分の店に全くその気配がない子もいるんだよね。せっかくのストーリーを生かせていないんだ。
蔵に行ったらさ。そこのにおい、蔵の心意気を感じてそれを「売る」のがオレたちの商売。「今月はここに行ってきたんですけど、お酒を造るのは大変ですね。オレたちは仕入れたお酒をただ注ぐだけなんで、いい商売です!」なんて言いながら、お客さんに酒蔵の様子や苦労を伝える。そういう人間味のある、「肌感覚」のある接客というのが、飲食業ではものすごく大事だ。外食が企業化する中でオレたちが勝ち残れると確信できるのは、企業にはないこの「肌感覚」があるからだ。
うちの店は、最初から「肌感覚」を期待してくるお客さんが多いから、忙しくてちょっとお客さんに声をかけられなかったりすると「最近声かけなくなったわね」なんて言われてしまう。だから、忙しい店こそ、接客にはすごく気を付けないといけない。「つまらない店になった」なんて思われるのは一番怖いでしょ。うちは各店の運営を店長に任せているけど、忙しすぎる店はいっそのこと料理メニューの数を減らして少し余裕を作って、お客さんに必ず一言声をかけられるぐらいにした方がいいかもしれないと思うぐらいだ。
2018年10月、東京・町田に楽コーポレーションOBの安達健次氏がオープンした8坪の店「SAKABAR CHIDORI(さかばる・ちどり)」。SAKABAR(酒場とバルの意味)という名前の通り、洋風バル料理と居酒屋料理の両方がメニューに並ぶ(写真=大塚千春、以下同)
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安達氏(写真)は、開店前に3カ月間スペイン各地を巡り、同地の店を研究した。カウンターに置いた、通常なら刺し身を入れるようなネタケースには、様々なタパスやおばんざいが並び、お客の目を楽しませる
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日常の中にストーリーはいくらでもある
日本っていうのはいい国でさ。四季があってそれに合わせて野菜があり魚がある。店主はそれをお客さんに伝えていける。冬なら「今は寒ブリの最盛期で、すごく脂が乗っていておいしいですよ」なんて話せるし、「八百屋でもうタケノコが出てたんですよ」と話せば、自然に春を感じてもらえるでしょ。頭を悩ませなくても、商品を光らせるストーリーはいくらでも日常にあるんだよね。
店主の顔がしっかり見えて、商品にストーリーがあって、あそこに行けば楽しいとお客さんに思ってもらえる――そんな店は絶対繁盛するよね。オレはずっと居酒屋のオヤジをやってきたわけだけど、ふと気が付いたら飲食業界の中で今オレに与えられた仕事は、自分の店の経営を考えるより、若者たちにそうした魅力を持つ居酒屋の作り方を伝えることなのかなと思う。居酒屋っていうのはどんな大企業にも負けない魅力があって、楽しい人生を送れる商売。この連載は今回が最終回だけど、オレはこれからもずっと若者たちにそれを伝えていきたい、そう思うんだ。
楽コーポレーションの本拠地・経堂にある「くいものや楽 経堂本店」。忙しいときは、17時半の開店直後からお客で賑わう。出数の多い生ビールは「お待たせしませんでした!」と速攻で出す。同社オフィスの下にあるこの店は、宇野氏の経営の考え方を最も濃く反映する店のひとつだ
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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