「総合居酒屋」の失速なんて関係ない
個店がお客を呼べるのは人と人のつながりができるから
宇野隆史社長率いる、居酒屋運営の楽コーポレーション(東京・世田谷)には、独立して自分の店を持ちたい若者が続々と集まる。東京・町田で2年半ほど前に着任した新店長が1年ほどで月商を約1.5倍に伸ばしたという。その秘訣を聞いてみると……
居酒屋を展開するある大手企業の株主総会で、「総合居酒屋はブームが終わっている」って話が株主から出たらしい。オレも、よく周りが「居酒屋は、もうなんでもありの店は難しい。専門化しないとダメだ」なんて言っているのを聞く。でもさ、「総合居酒屋」そのものがダメになっているのかって言ったら、オレはそうじゃないと思うんだよね。だって、おやじとおふくろさん2人でやっているような小さな温かい居酒屋は、昔から変わらずいつも賑わっていて、若い人たちも大好きなわけじゃない。そんな店では、肉豆腐も焼うどんもおでんも、なんでも食べられる。個店の総合居酒屋ぐらい強い店はないってオレは思うんだ。
うちは若い子たちが独立に向けて商売を勉強するための店だ。そういう子たちに、絶対に繁盛して、一生楽しく食べていける店ができるぞ、ってオレが言えるのはずっとやってきたなんでもある居酒屋なんだよね。だって、うちの子たちが、自分でためたお金で最初に出店できるのは、三流の場所。だったら、お刺し身があって、おでんがあって、ペペロンチーノまで食べられる店のほうが、お客さんにとって使い勝手が良くて、リピートしやすいでしょ。
楽コーポレーションが東京・町田で運営する「まんま屋 汁べゑ」。新店長の手腕もあり、月商を伸ばしている(写真:大塚千春、以下同)
外食企業ともなると、何人もの社員で次のシーズンのメニューを考えて、それをきれいに写真に撮って分厚いメニューやポスターにする。すごいことだと思うけど、八百屋の店先で「あ、里芋が出てる」なんて言って、その日のメニューを考えるというのが個店の商売。「これ、みちこちゃんが好きだったな」なんてお客さんの顔を思い出しながら、料理を考える。そうやって作った料理は絶対お客さんに喜んでもらえるし、店のファンになってもらえる。企業としての居酒屋にはそんな自由がないわけで、かわいそうだなぁって思う。
うちから独立する子たちは、OBの繁盛店をよく参考にする。だけど、すごい繁盛店だからって、必ずしも自分の店の参考になるわけじゃない。例えば、うちの店のOBで一晩に5、6回転もする大繁盛店をやっている子がいるんだけど、お母さんが「うちの息子はムダに明るい」って言うぐらいパワーがある子なんだ。それは100人に1人いるかいないかの資質だから、そんな人間力を持ったヤツと同じようにやって店を繁盛させることはできない。オレがいつも考えるのは、残りの99人でも店を繁盛させて、勝てる方法。たとえ、そのOBの店の隣りにあっても、毎日お客さんで賑わう店をどうやったら作れるかということだ。
でもさ。それって難しいことじゃないんだよね。
最近、うちの東京・町田にある店が調子良くてね。2年半ぐらい前に店長になった子が、すごく頑張っているの。彼が店長になってから売り上げが50%伸びて、1000万円に届かなかった月商がいい月には千数百万円を売り上げるまでになってきた。すごいことだよね。
音楽をやりたいって、高校を中退した子でさ。一度お母さんと一緒に店をやったんだけど、うまくいかなくてすぐ閉めてしまったという。自分でも「ばかなんで」なんて言ってるようなヤツで、さっき話したOBのように特別な子じゃない。だけど、店に行くとうれしくなるぐらい色々な工夫をしているんだ。
1年あまりで売り上げを5割伸ばした東京・町田「まんま屋 汁べゑ」の店長(左)。名刺には「ぼくでも店長」と書かれている
名前で呼ぶと互いの距離が縮まる
すごいな、と思ったのは、トイレに張った紙。「『すみませ~ん』って声をかけないで、僕たちを名前で呼んでください。僕たちもお客さんを名前で呼びたいんです」というようなことが書いてある。
飲食店ではスタッフが、お客さんに自分を名前で呼んでもらうこと、お客さんの名前を覚えることが、ものすごく大事だ。お客さんとの距離が一気に近づいて人と人との関係ができるから、お店のファンになってくれる。うちの店ではスタッフがみんな大きな名札を付けているんだけど、それはお客さんに名前で呼んでもらうためなんだよね。
くだんの町田の店では、トイレに紙を張っただけじゃない。アルバイトの女の子がアイデアを出してさ。「『すみませーん!』って呼んだら罰金500円です! ○○ちゃんって呼んでください」なんて書いた紙をメニューと一緒にお客さんのところに笑顔で持っていくようにしたんだって。そうしたらさ。ほとんどのお客さんが名前で呼んでくれるようになって、お店全体の雰囲気が、がらっと変わったそうだ。
アルバイトの女性が考えた、自分の名前を呼んでもらうための言葉を書いた紙。町田「まんま屋 汁べゑ」では、これをメニューと一緒に客席に持って行くなどしている
トイレでもお客を和ませる
トイレをいつも清潔にするというのも、飲食店の基本中の基本だけど、町田の店ではひと工夫。飲食店は大抵1時間おきぐらいにトイレが清潔かどうかを確かめて表にチェックを入れることが多いんだけど、町田の店では「このトイレは私○○が命に代えて清潔にします!!」なんて一言書いたチェック表を目立つところに張っている。それで、チェックを入れたりする代わりに「まずはお刺し身から! 新鮮!」とか「おでん! 体も心もぽかぽか」とか書いているの。ちょっとしたことだけど、よくあるチェック表みたいにただ作業したという印が付けてあるより、お客さんは楽しくて店に活気があるように見えるし、書き方次第で料理だって売れるようになる。何より、名前を書いた担当者がトイレ掃除をきっちりやるようになる。
町田「まんま屋 汁べゑ」のトイレ清掃チェックシート。担当者は、1時間毎にトイレが清潔かどうかをチェックして印を付ける代わり、料理やドリンクのアピールを書き込む
こんな話もあってね。その店長は、アルバイトの子たちも社員と同じように店の顔だと常日頃言っていて、ある存在感の薄いアルバイトの子には、キャラを立てるために「店長」ってニックネームを付けたんだって。そうしたら、「店長、ドリンクお願いします」とか「店長、皿洗っておいて」とか、スタッフが声を掛けるので、お客さんは「あれっ」って不思議そうな顔になってさ。それで「僕が『店長です』」なんてその子が料理を持って行けば、「なんだか面白いなこの店」と思ってくれる。“店長”になったことで、その子もすごく成長したんだそうだ。
でもさ、お客さんに自分の名前を呼んでもらうとか、トイレを清潔にして気を配るとか、アルバイトの子も店の顔だと思うとか、町田の店長が力を入れていることは、どれも特別なことじゃない。だって、並外れた人間力がなくたって、ものすごく料理が上手じゃなくたって、誰だってすぐにできることでしょ。飲食店として当たり前のことばかりで、うちでも、店長ミーティングでさんざん繰り返し言っていることだ。でも、その当たり前をいつの間にか徹底しなくなっている店があったりするんだよね。特別なことをしなくても、当たり前を積み重ねていけば、絶対に繁盛店はできる。オレはそう思うんだ。
町田「まんま屋 汁べゑ」では、居酒屋の定番料理ポテトサラダを、アイスクリームを模した形で提供している。お皿を一緒に出し、ポテトサラダをお皿に移してコーンを砕いて食べてもらう。これに添えるソース入れはチョコレートメーカー、ハーシー社の容器を使って遊び心を演出
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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