会社員の「お客さん候補」があふれる東京・浜松町駅周辺。「店をはやらせるのは難しくない街だが…」と言いながら、宇野氏は出店を見合わせた(写真:大塚千春)
会社員の「お客さん候補」があふれる東京・浜松町駅周辺。「店をはやらせるのは難しくない街だが…」と言いながら、宇野氏は出店を見合わせた(写真:大塚千春)

 浜松町とか新橋とか、飲みたいサラリーマンがたくさんいる町で店をはやらせるのは難しくないと思う。盛りをちょっと良くしたお刺し身を値段を抑えて出すとか、その街で働く人の懐に優しい店を出せばいい。でもそうすると、客単価も低くなるし、回転を良くして大勢のお客さんを「どうさばくか」を考える商売になってしまいがちだ。うちの子たちにはできないなぁと思った。

 うちはさ。ずっと、お客さんと人と人の付き合いをする商売をやってきた。たださばくんじゃなくて、お客さんを楽しませて、自分も楽しんで、生業としてずっと続けられるような店のほうが、人生楽しいんじゃない? ってオレは思うからだ。

 うちの店のスタッフは、みんなお客さんがよく見えるよう、大きく名前を書いた札を首から下げているんだけどさ。それは「店員」という記号じゃなくて、一個人としてお客さんと接するためなんだよね。お客さんも名無しの権兵衛に接客されるより、その方が絶対楽しいでしょ。

楽コーポレーションではスタッフがみな必ず名札を付ける(写真はOBの店の様子)。名札はこの写真のような木札だけでなく、名前を書いた段ボールの板を下げることも。名札は最近では色々な店で見るようになったが、楽コーポレーションはこうした人と人が相対する接客術の元祖だ(写真:菅 敏一)
楽コーポレーションではスタッフがみな必ず名札を付ける(写真はOBの店の様子)。名札はこの写真のような木札だけでなく、名前を書いた段ボールの板を下げることも。名札は最近では色々な店で見るようになったが、楽コーポレーションはこうした人と人が相対する接客術の元祖だ(写真:菅 敏一)

名物店主の雰囲気に勝つには

 この世の中で最強の居酒屋っていったら、名物おやじやおばちゃんがやっているような居酒屋だよね。メニューはお刺し身、おでん、焼き魚しかなくたって、お客さんは店主とちょっとしたやり取りを楽しみながら、酒のグラスを傾ける。

 この間、テレビを見ていたら、おばちゃんがやっている煮込み料理が名物の店が出ていてさ。シメとして、煮込み汁にキュッと水でしめた麺を入れて出していたの。最後にちょろっとラー油をたらしてあげていてね。同じような料理はチェーン店でも出せるだろうけど、使い込んだ煮込み鍋があって、古いけどきれいに磨いたカウンターがあって、その後ろに立ったおばちゃんが出すシメの一品には絶対勝てない。だってさ。きっちり印刷されたメニューにその料理があっても必ずしも頼みたいと思わないだろうけど、おばちゃんに「煮込み汁に麺入れたのおいしいわよ。シメにどう?」って言われて頼まない人はいないでしょ。

 オレたちもさ。メニューを考えるときは、どうやったらそういうおばちゃんの店に勝てるのかって考える。うちの子たちが独立する時は、古くからやっている店のように最初からお馴染みさんがいるわけじゃないし、年季の入った店の味は出せないからね。

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