「あいつのマネをしているって言われたくない」――独立を控えたスタッフには、マネをすることにすごく抵抗感を持つ子もいる。特に、自分の後輩が先に独立して成功させた店と同じことはしたくないと思うようだ。でもさ、独立したらうちで働いていたときとは違って、メニューが売れなければ生活できないわけだからさ。オレは、お客さんが絶対喜ぶと分かっているものが見えているなら、取り入れなきゃもったいないと思うんだよね。

シンプルに考えてお客にアピール

 トンペイ焼きを売るために、「ヨイショー!」って掛け声を最初に考えたのはすごいと思う。だけど一方で、誰でもできる簡単なことでしょ。お客さんを引き付ける方法っていうのはさ、小難しいことじゃなくて、常にシンプルなことなんだよね。だから、自分の周りをしっかり見れば、いくらでも宝物が落ちている。

 例えばさ、うちの下北沢の店は米国系の口コミサイトで高い評価をしてもらっていて、このところすごく外国人のお客さんが多くてね。店には英語のメニューを置いているんだけど、ふと気が付いたらうちの店の定番の手書きメニューは、英語版がなかったの。

遅い時間まで内外のお客で賑わう楽コーポレーションの下北沢の店「汁べゑ 下北沢店」。「はやっている店ほど、手を抜かずにお客さんを引き付ける方法を常に考えなきゃいけない。忙しさに忙殺されてしまうのが一番怖いよね」と宇野氏(写真:大塚千春)
遅い時間まで内外のお客で賑わう楽コーポレーションの下北沢の店「汁べゑ 下北沢店」。「はやっている店ほど、手を抜かずにお客さんを引き付ける方法を常に考えなきゃいけない。忙しさに忙殺されてしまうのが一番怖いよね」と宇野氏(写真:大塚千春)

 手書きメニューは、印刷したものより圧倒的にお客さんに語りかける力が強い。だったら、これを用意しない手はないでしょ。売りたいメニューを5種類ぐらい、簡単な説明と共に書いておいたら、外国人のお客さんにアピールできるしオーダーしやすいわけじゃない。本来、手書きメニューは毎日書き直すことで商品を売る力が高まるものだけど、そこまで手間はかけられなくても週に1、2度書き直すだけだって違うよね。難しい英語を使わなくたって、うちが売りにしている刺し身なんかは、メニュー名の横に「MUST」なんて大きく書くだけだって、印刷メニューとは断然違ってくる。

 手書きメニューで刺し身がもっと売れるって想像するとさ、お客さんを喜ばせる別のイメージもどんどん膨らむんだよね。刺し盛りなんかだと、最後に2、3切れとかお皿に残ることがあるでしょ。そんなのを見つけたらいったん下げて、新しいメニューに「変身」させたら更に楽しんでもらえるよね。例えば、刺し身を細かな角切りにして、やはりサイの目に切ったキュウリと合わせてさ。透明なコーヒーカップに酢飯を入れてその上からバラバラかけてあげれば、簡単に海鮮バラ寿司ができるでしょ。それで、和の雰囲気のある木のスプーンを添えて「これも寿司なんですよ」って言って出せば、きっと「オー、ワンダフル」って楽しんでもらえると思うんだ。

 この間はこんなこともあった。

 京丹波の大黒(だいこく)本しめじを知り合いにもらってね。スーパーなんかでおなじみのぶなしめじと違って、かさの直径が数センチぐらいあって、ものすごい迫力なの。店の子たちに見せた途端、一斉に「うわ~、すごい!」って声が上がったぐらい。

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