知り合いの鍼灸(しんきゅう)の先生が言っていたんだけどさ。資格を取って既存の店に勤め始めた鍼灸師はみな、いずれ独立したいと思っているんだって。でも実際にはなかなか独立できないらしい。それって、鍼灸師の免許証明書をもらってひと安心しているからじゃないかとオレは思った。うちの店の子たちはさ。調理師免許もない子がほとんど。自分の店を開かなかったら無資格でなんの保証もない。だから、いつも崖っぷちで「飢えて」いて頑張れるんだと思うんだ。

意識の持ち方で接客が変わる

 「飢えて」いればさ。入ってきたお客さんにただ「いらしゃいませ」と挨拶して、おしぼりを出すなんていう接客はしない。入り口で挨拶と同時に「台風一過で、ちょっと汗ばむくらいでしたね、ビールいきますか」なんて言って、オーダーを取る。それでおしぼりと一緒にきんきんに冷えた生ビールを持って行く。2、3人のグループだったらさ、それでお客さんがメニューを見る前に1000円前後の売り上げが上がるわけじゃない。だいたい、ビールっていうのは外から暑いなと思って店に入ってきてすぐに飲みたいもんでしょ。5分もたったら、暑さも落ち着いちゃって冷えたビールのおいしさも割り引かれる。おしぼりと一緒にビールを出す店なら、「あそこのビール、いつも最高に冷えていておいしいんだ」なんてリピートしてくれるかもしれない。

「『飢えて』いれば、お客さんが店に入ってきて、『今日は季節外れの暑さでしたね』なんて挨拶すると同時にビールも薦めるよね」と宇野氏(写真はイメージ)
「『飢えて』いれば、お客さんが店に入ってきて、『今日は季節外れの暑さでしたね』なんて挨拶すると同時にビールも薦めるよね」と宇野氏(写真はイメージ)

 夫婦でやっているある地方の店で日本酒を飲んでいたとき、「東京だと日本酒の香りを楽しむためにワイングラスで出したりするんですよね」なんて話をしたの。それで、1カ月ぐらい後にまたその店に行ったら、日本酒がすっとワイングラスで出てきてね。「僕たちは東京へはなかなか行けないから、お客様からの情報は貴重なんです」って言うわけ。それでオレがワイングラスで日本酒を飲んでいたら、周りにいた女性たちが「私もそれで飲んでみようかな」なんて言ってさ。出てきたら、「わあ、うれしい」なんて喜んでいた。グラスを変えただけなのに、お客さんを楽しませる武器ができたってわけだ。

 「飢えている」個人店だからこそお客さんの言葉を大事にして、すぐに反応する。小さなことにもくらいついていく、そんな「飢え」が繁盛店を作る。オレはそう思うんだ。

(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー