新著『たった3品で繁盛店はできる!』を出したばかりの楽コーポレーション(東京・世田谷)宇野隆史社長。同社から独立したOBが次々と地方で繁盛店を実現しているのを見て、地方に出店するのは優れた選択肢だと思うようになったという。ただし、漫然とした店を出すだけでは成功はおぼつかない。宇野氏が考える地方で繁盛する秘訣とは何かを語ってもらった。
地方に店を出すのもいいな――。そんなことを思ったのは何十年も前に、うちから独立した子が鳥取県の米子に出したばかりの店を訪ねたときのことだ。その店の2階にはバーがあってさ。マスターはカクテルの世界大会に出たことがあるとかいう人で、お通しにシッタカ(巻き貝の一種)という小さな貝の料理が出たの。それで、「これ、毎朝息子と一緒に海に採りに行ってるんですよ」って言うわけ。わぁ、地方の個人店の商売っていいなと思ったよね。シッタカがチェーン店のお通しに出てきても何も思わないけど、マスターがちょっとそんな話をしてくれるだけで目の前に彼の豊かな人生が広がってさ。店がすごく魅力的になったんだよね。
マスターは次の日の朝オレに電話してきて、「宇野さん、ゴルフに行こうよ」って誘ってくれた。当時はバブルの頃だったから、東京辺りでは当日急に行けるゴルフ場なんてなかったから驚いてさ。それで、プレイをしている最中に彼がゴルフ場の外の小高い場所を指して、「宇野さん、あそこの緑の屋根の家、うちなんですよ」って言うの、バー1軒で家を建てられて、親子で毎朝海辺に行ける。東京ではムリでしょ。だからそのとき、これからは地方じゃないかって思ったんだ。
でももちろん、地方だからってどこでも魅力的な店になるわけじゃない。八ヶ岳にあるオレの別荘の辺りから清里に抜ける道に、最近は飲食店がかなり増えてきたんだけどさ。お客さんが入っている店と入っていない店が見事に分かれるんだよね。中でも飛び切り人が入っているのが、地鶏や卵を売っている店がその隣でやっている親子丼の店。ここは前からある店で午前11時に開店するんだけど、10時頃行ったらもう駐車場が満杯。その時はたまたま日曜日だったとはいえ、そこに行く途中のイタリアンやら手打ちそばの店はいつも全然人が入っていないのに、この人気はなんなんだろうと思った。
宇野社長の別荘がある八ヶ岳の辺りには、地元産の鶏や卵を使った親子丼でお客を魅了する店がある(写真はイメージ)
結局、オレとかみさんは近くのカフェでお茶を飲んだんだけど、そこもなかなか気の利いた店でさ。朝8時からやっていて、温めたパンに生クリームを挟んでくれてコーヒーが付いたセットが手頃な値段でね。観光地なのに妙に高い値付けじゃないんだ。お店の人に聞いたら、先の地鶏と卵の店が運営しているカフェで、やっぱり考えることがすごいねと思った。そこは、フレンチレストランもやっていて、そこもすごく繁盛しているらしい。
お店の人と少し話したんだけど、来てくれるお客さんはちゃんとつかまえなきゃねという話になってさ。漫然とした店ではお客さんは選んでくれないんだよね。洋服屋さんでもさ。例えば、「赤い洋服だったら絶対あの店」ってお客さんがすぐ頭に思い浮かべてくれる店にしなきゃ、これだけ店がある中で生き残れないでしょ。漫然と赤も黄もなんでもあるというんじゃ、その店じゃなくてもいいってことになる。
サラダ1品でお客が楽しくなる
地方ではないけど、最近独立したうちのOBが横浜の有名な飲み屋街、野毛の辺りに店を出したの。その店のお通しのサラダは、カラフルな蓋の付いたガラス容器で出てくるんだ。自家製ドレッシングが選べて、野菜にドレッシングをかけたら蓋を閉めて自分で容器をシェイクしてくださいって具合。そうすれば、全体にドレッシングがよくからんでおいしいというわけだ。楽しい仕掛けだよね。「これ、いいね」と言ったら、「自分の店を出したら、ずっとこれやろうと思ってたんです」って言われてさ。お通しのサラダはいろんな店で見かけるけど、普通にサラダを出している店とこんな楽しい仕掛けがある店があったら、絶対楽しい仕掛けのある店を選ぶと思うんだ。でも、これってすごい努力がいることじゃなくて、明日からでもできる簡単なことでしょ。簡単だけどちょっとひねりがある。先のカフェだって、パンを温めることやそれに生クリームを挟むっていうのは、ごくシンプルなアイデアなわけじゃない。お客さんをつかまえる方法っていうのは、そうしたシンプルな工夫にあると思うんだ。
今年6月に楽コーポレーションのOB、小木泰輔氏(写真上中央)がオープンした横浜市の居酒屋「呑毛笑店 ゑぶり亭゛」(のげしょうてん えぶりでい)。コンセプトは「楽しく過ごせる居酒屋」。間口が広く大きなガラス張りになっており(写真下参照)店内から外がよく見えるため、小木氏は仕込みをしながら通りかかる地元のお客に挨拶する。野毛のはずれにありながら地元客でにぎわう
さて、うちのOBも地方で店を開いた子が随分増えてきたけど、これからは「地元に帰る」というのも一つのキーワードだと思っている。自分の地元じゃなくてもさ、嫁さんの地元でお店を開いて成功しているOBは多いんだよね。
自分や嫁さんのお父さんやお母さんがいて、面倒をみてあげなきゃいけないという事情もあったりするけどさ。ご両親がいれば子どもの面倒をみてくれたりして、ものすごく助かる。嫁さんの地元だったら、自分が忙しくても嫁さんも寂しくない。
それに、地元なら「今度店を開きます!」なんて学生時代の同級生に開店案内を出せば、来てくれたりするわけでしょ。嫁さんの地元に出店したOBの場合も、しっかりした嫁さんが友達に旦那と店を出しますと手紙を出してくれていてさ。すると、最初はその友達がやってきて、それから友達の旦那が一緒に来るようになって、「いいところができたな」ってすぐ店の「族」ができる。開店当初からファンができるっていうのは、ものすごく大事なことだよね。
横浜市「呑毛笑店 ゑぶり亭゛」の「あさりの紹興酒漬け」。身を箸で取り出しやすいよう、殻を抑えるための洗濯バサミを添えている。お客が連れだって訪れた際には写真のようにさりげなく洗濯バサミを人数分添えて出す。近くに激安で知られる横浜洪福寺松原商店街があり毎日仕入れに行くため、メニューは仕入れ次第。メニュー数を絞り「今日のお薦め」メニューでお客の記憶に残る店を目指す
地元のスターが話題店に
うちのOBで、盛岡で何軒も店をやっている子はさ。昔野球をやっていて、ピッチャーで地元ではスターだったわけ。うちにいたときは目端が利く感じの子ではなかったんだけど、地元に行ったら「あいつが店を開いたのか」ってすごく話題になってさ。最初の店のオープン時から地元の人がたくさん店に来てくれたらしい。
それに地方にはさ、親の面倒を見るためなどで東京から戻ってきた子がたくさんいるわけでしょ。みんな東京にいるときは六本木や原宿なんかで遊んでいるから、地方でもそうしたにおいがする店を探す。だから、少し東京のにおいがする店を出すとお客さんが喜んでくれる。東京で積んできたノウハウが、生きるんだよね。それに、地方って働く場所がないから、東京より働き手が集まりやすいでしょ。今の時代、地方に出店するっていうのは本当にいい選択肢だな、ってオレは思うんだよね。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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繁盛店をつくる武器は、本当においしい料理が三品あれば十分。誰でも一国一城の主になれる繁盛店の4つの基本――。店づくり、接客、人材育成、商品づくりに分けて、外食業界一筋50年の宇野社長が考える商売のコツを軽快な調子で語ります。外食業界で繁盛店を目指したい方はもちろん、これから個人で小さな商売を始めてみたいと考えている方全てに役立つ視点が満載。ネット書店、お近くの書店などでぜひお買い求めください。
<主な内容>
- 第1章 【店づくりの基本】繁盛しない店なんてない!
- 第2章 【接客の基本】200%の力でお客さんを笑顔にする!
- 第3章 【人材育成の基本】誰にもある商売の素質を引き出す!
- 第4章 【商品の基本】一番の武器は自分に身近なところにある!
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