居酒屋運営、楽コーポレーション(東京・世田谷)の宇野隆史社長の下には、独立して自分の店を持ちたい若者が続々と集まる。中には、売り上げが落ちたりするとすぐに考え込んでしまう若者もいるが、宇野社長は「成功している仲間のやり方など売れるヒントはどこにでもある。失敗を恐れることなく、新しいアイデアを試してみるべき」と話す。
少し前のことだけどさ。韓国でシロウトが居酒屋をやってみるって番組を作るとかで、向こうの芸能人がオレのところに話を聞きに来たことがあったの。韓国では定年前に会社を辞めて飲食店をやる人が多いらしくて、オレの翻訳本をよく読んでくれているんだよね(編集部注:宇野氏の著書の韓国語版は現地でロングセラーになっている)。
やって来たのは若い男の子で「料理は何をやればいいですか?」って聞かれたから、「キミが一番好きなのは何?」って聞き返してさ。そうしたら、カレーライスだって言うから、「どこのカレーが好きなの?」と尋ねてみた。彼は「おふくろのカレーが一番好き」って言ってね。「だったら、一生懸命お母さんからそれを習ってカレーをやれば?」って話した。ハンサムな子だし、「『僕が世の中で一番好きなカレー』って言ったら売れるんじゃないの?」ってね。
楽コーポレーションのOB、鎌田修司氏は盛岡で次々と繁盛店を展開。今年6月の初めには5軒目の店、串揚げとレモンサワーを看板にした「串揚酒場 栖(すみか)-SUMIKA-」(写真)をオープンした。開店早々、お客でにぎわう
これは番組の話だけどさ。「プロ」の居酒屋だって考え方は同じだよね。オレたちのような居酒屋は何年も修行した料理人の店じゃないんだから、背伸びして難しい料理を作るより「おふくろのカレー」っていう方がお客さんは喜んでくれる。店の定番料理に角煮とかおでんがあってその煮汁やスープがいつもあるならさ。それに野菜を入れて「まかないカレー」なんて言って出したらお客さんは頼みたくなるよね。シメの一品なんかで「食べたい」と思ってもらえると思うんだ。しかも、もともと店にあるものを利用するんだから、手間もかからないでしょ。
新しい商品のヒントはどこにでもある
みんなが頼みたくなるメニューのアイデアっていうのは、いろんなところにある。CMに流れる料理なんかは、その典型だよね。だって、万人が「おいしそう」と思うようにCMを作って引きつけようとしているわけでしょ。新鮮なナスが大写しになって、豚バラと一緒に湯気を立てながらミソで炒められているCMなんか、本当においしそうだよね。あんなCMを流されたら見ている人は絶対食べたくなるわけで、これを利用しないなんてもったいない。しかも、季節によってCMは変わったりするから、季節感も取り入れられる。
オレは、「自分には特別な能力は何もない」と思っているから、いつも周りを見回して「これいいね~」なんて感動している。電車の吊り広告だって、デパートの地下の総菜売り場だって、「何がアピールするだろう」「売れるだろう」って企業がものすごく時間をかけて研究したものが出てくるわけでしょ。ありがたいことだよね。
そうやって得たアイデアは、ほんのちょっとひねるだけで自分の商品にできる。豚バラとナスのCMを見たら、「調理に使っているこのミソをキュウリに付けたら絶対うまいぞ」とか「うどんと合わせれば、バンバンジーうどんができるな」とか思うわけじゃない。リンゴとかブルーベリーとかの黒酢ドリンクのCMを見ていて、この夏はこういうフルーツ酢を炭酸で割った「酢サワー」が本格的に来そうだと思ったんだけど、これに生の果物を入れれば、絶対女性が好きなドリンクになるなと考えたりね。酢サワー、じゃ当たり前だから、スコッチをもじって「酢カッチ」なんて名前にしてさ。
レモンサワーの音がする
定番のレモンサワーにしても、ちょっとひねりを入れれば全く違う楽しい飲み物になる。レモン汁を絞った後の皮をウイスキーベースの液の中に浸けてから冷凍庫で凍らせてさ。カチカチになったレモンの皮をサワーに入れれば氷代わりになって、しかも薄まることがない。それでお客さんに出す時にさ。「レモンサワーって音がするんですよ、知ってる?」なんて言って、凍ったレモンでコンコンってグラスを叩いてから中に入れるの。そんな風にやれば、お客さん、すごく楽しいわけじゃない。ただレモンサワーを出すより、ずっと喜んでもらえると思うんだ。
カチカチの冷凍レモンを使えばただのレモンサワーも楽しいドリンクに
こないだうちの店から独立した子がさ。最後にうれしいことを言ってくれたの。
「みんなオヤジ(宇野氏)の言うことを聞いた方がいいぞ。上の人間が言うことだから、現場の感覚とは違うなんて考えたらもったいないぞ」ってね。オレはよくうちの子たちと一緒に飲みに行くんだけどさ。一緒に飲んで、いっぱい話してそれをよく聞けって言ってくれてね。「絶対にできることしか言わないから、これはやろう、あれはやめておこう、なんて選ばないで言われたことは全部やれ。自分たちで考える力なんてないんだから」って。まあ、実際にはうちの子たちが独立すると、「なんでそれ、うちの店にいる時にやらなかったの?」ってぐらいすごいアイデアを出して店をはやらせたりするんだけどね(笑)。
「売り上げが落ちた」「お客さんが思うように入らない」とかいう時はさ。みんな「どうやったらいいだろう」って考えて、足が止まってしまう。でもさ。オレが言うことだけじゃなくて、うちの店では月末に店長ミーティングをやって「こんなことをやって売れている」なんて話をお互いにするわけ。聞いていたらいつも、「全部試したら新しい店が1軒できるな」と思うぐらいだね。
うちのOBだって成功しているヤツが本当にたくさんいるんだから、成功したければ、店を見に行って話を聞けばいい。OB以外だって繁盛している店を視察に行って、どうして繁盛しているのかをつかんでくればいい。それで、何が自分に合うかなんて考え込まずに、端から試してみればいい。
福岡で炭火焼きの鮮魚を売りにした人気店を経営する楽コーポレーションOBの行友宗敏氏は、9月に博多駅近くで3店目をオープン予定。宇野氏仕込みのサービス、売り方で観光客も狙える店を狙うという。写真は2号店の「鎮座(ちんざ)タキビヤ。」
失敗を恐れずどんどん試す
成功している話というのは、本当に「宝物」。でも、ただ抱えているだけじゃ宝の持ち腐れだよね。
みんな足踏みしてしまうのはさ。新しいことを始めた時、失敗するのが怖かったりするんだと思う。でもさ、試さないで悶々(もんもん)としているより、どんどん失敗した方がいいでしょ。
異性にアプローチする時もさ。最初は「どうやったら手を握れるだろう」なんて考えるわけじゃない。手を握ったら嫌われるんじゃないかとか、ドキドキしてさ。そりゃ、最初からうまくいきゃいいけど、手を握ろうとしてぱっと手を引っ込められたってさ。すごいショックを受けるかと思ったらそうでもなかったりして、「なんだ、もっと早くアプローチしてればよかったな」なんて思ったりしてね。そもそも失敗を恐れていたら、相手を口説くことなんてできないでしょ。
失敗したら「この方法は自分には合わなかった」と分かる時もあるし、何より「なんであの店は成功しているんだろう」「どうやったら成功するんだろう」とまた考える。そうした小さな積み重ねは、絶対成功につながる。オレはそう思うんだ。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
破壊的イノベーションの時代を生き抜く処方箋
数多くの企業の新規事業創出を支援してきたトーマツ ベンチャーサポートが蓄積したノウハウをまとめた1冊、『実践するオープンイノベーション』が好評販売中です。
デジタル技術の大きな発展により、世界では従来からの業界の常識を覆す新しい企業が次々に登場。タクシー業界ではUberが、ホテル業界では宿泊予約サービスAirbnbが「破壊的イノベーション」を起こしています。
大きな変革が起きる中、日本企業も生き残りをかけて「オープンイノベーション」に取り組んでいますが、これまでの成功体験を捨てられず、イノベーションにつながっていないケースが多いのが実情です。
なぜ、オープンイノベーションがうまく進まないのか。そのカベを打ち破るには、経営者や新規事業担当者は何に取り組むべきなのか。トーマツ ベンチャーサポートが持つ知識をたっぷり紹介。併せて、先進企業の新規事業担当者によるインタビューも掲載しています。
詳しくはこちらをご覧ください。
Powered by リゾーム?