居酒屋運営、楽コーポレーション(東京・世田谷)の宇野隆史社長の下には、一国一城の主になりたい若者が次々に集まる。最近になり、楽OBが相次いで京都に店を出した。その店を巡って、気づいたこととは? 新刊『たった3品で繁盛店はできる!』をまとめたばかりの宇野社長が店長の力の大事さを語ります。
最近、うちのOBが京都に立て続けに店を出してね。京都だけで今3軒OBの店があるんだけど、みんなすごくはやっているの。刺し身を出したり炭火焼きを売りにしたり、それぞれうちや他のOBの店を参考にして、自分がこれと思ったことを集めたような居酒屋なんだけどね。うちの子たちが出せるようなところだから、路地裏だったりして立地は決して一等地ではないんだけど、板わさからペペロンチーノまで食べられる居酒屋メニューだったりしてさ。煮込み料理とか居酒屋の定番メニューが受けているの。
楽OBが京都に相次いで開いた店の一つ「大衆酒場 こうじゑん」。京都の河原町から細い路地の奥へ進んだ場所にある。ピリ辛だれのむし豚が名物でおひとりさまのお客も大歓迎とか。右の写真でカウンター奥に立つのは店主の丸山浩司氏
京都には、うちの店そっくりの競合店もあったりするけど、やっぱり個人店であることはすごく強いんだなと思った。客単価が3000円ちょっとぐらいのお客さんが入りやすい店で、圧倒的「スター」の店主がいてお客さんを楽しませることができる。チェーンと違って個人店は、自分を一番の商品として売り出すことができるんだよね。
京都のOBの店を回っているときにさ。あるファストフードの店に入ったんだけどね。夜の8時半ぐらいだったかな、そこそこ広い店舗のレジにぽつんと中年のおじさんがいたの。注文をしたらすごくはきはき返事をしてくれるんだけど、それがお客がいなくてもマニュアル通りに頑張ってるって感じでちょっとわびしくてさ。
これが個人店だったら、それまで人が入っていなくてもお客さんが来た途端に、店がぱっと活気づく。店主はそのお客さんがまた来てくれるかもしれないって一生懸命になるから、濃い人と人の関係ができるんだよね。
オレはさ、長い間うちのOBを見ていて、店を持つなら3軒ぐらいまでが一番いいんじゃないかなと思うようになったの。4、5軒になるとせっかくの個人店のにおいが薄れてきたりして、人によっては難しいんだよね。
見失いがちな商売の本質
1軒目の店は、とにかくお客さんに来てもらえて儲けを出せる分かりやすい店をやる。2軒目からは少しずつ自分のやりたいことを広げていく。それが、店を安定して繁盛させるための方法だとオレは思う。
楽コーポレーションOBの萩原裕介氏が東京・二子玉川に今年開店した「貮古玉一本堂」(にこたまいっぽんどう)。東京出身の店主、萩原氏のコンセプトは「江戸の屋台」。カウンターは屋台を彷彿するつくりで、昆布締めなど「江戸前スタイル」の刺し身を出す(写真=大塚千春、以下同)
だけど、これまで見てきた中にはせっかく何軒もの店を繁盛させていたのに、とんでもない方向に進んじゃった仲間もいてさ。
鶏をむしゃむしゃ食べてビールを楽しく飲ませるような居酒屋をはやらせて、7、8軒の店をやっていたんだけどね。ある時、健康を考えた食事法のマクロビオティックにはまって、店のメニューにそれを導入しようとしたの。
でもさ、居酒屋っていうのはお酒を売る商売だからさ。健康的な食事法とは相性が悪い。いつもなら2杯ぐらいしか飲まないお客さんを楽しませて杯を重ねてもらう商売なのに、マクロビオティックに引かれてくるお客さんはそんなことはしないわけでしょ。お店の子たちも、「僕たちは居酒屋を勉強しにきたんです」と言ってどんどん辞めちゃってさ。人がいなくなって店を次々にたたまなければいけなくなった。
オレはさ、店はできるだけ簡単な方法で繁盛する方がいいと思っているから、そもそもなぜマクロビオティックなんて難しいことをやろうとするのかまるで分からない。
居酒屋はラクな商売?
居酒屋は、八百屋で50円で買ってきたトマトを冷蔵庫で冷やして切って出せば、300円になる商売。100円で買ったサンマを焼いて出せば数百円になる。野菜を育てたり、漁に出たりする苦労は全部農家や漁師まかせで、飲み物は酒屋が店まで届けてくれる。考えることといったら、どうしたらお客さんが楽しくお酒の杯を重ねてくれるかなということぐらい。お酒の杯が重なれば、必ず料理のオーダーも増えるから客単価が上がり、店を繁盛させることができる。
杯を重ねてもらう工夫だって難しいことは何もない。暑い日に店の入り口で、いらっしゃいませと同時に「まずは生ビールいきますか」って言うだけでオーダーをもらえて、おしぼりより早いぐらいに冷え冷えのビールを持っていけばお客さんに喜んでもらえる。生産者の苦労に比べたら、本当にラクな商売だ。
「貮古玉一本堂」では、小さなスペースもムダにしない。入り口には満席時にお客が立ち飲みできる小さな台を置き、この席ではドリンクを50円引きで提供
うちのアルバイトの子の親父さんが学校の先生でさ、うちやOBの店をすごく気に入ってくれているの。だから先日会ったとき「生徒さんたちに、ちゃんと人生の選択肢として居酒屋というのは、すごくいい選択肢なんだぞって教えて下さいね」って話したの。どんな子でも大変な努力をしなくたって一般的な会社員よりいい稼ぎを得ることができる上、自分の店を支えてくれる生産者や業者への感謝の気持ちが常に持てる。こんなに豊かな職業って他にないんじゃないかって、オレは真剣に思うんだよね。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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繁盛店をつくる武器は、本当においしい料理が三品あれば十分。誰でも一国一城の主になれる繁盛店の4つの基本――。店づくり、接客、人材育成、商品づくりに分けて、外食業界一筋50年の宇野社長が考える商売のコツを軽快な調子で語ります。外食業界で繁盛店を目指したい方はもちろん、これから個人で小さな商売を始めてみたいと考えている方全てに役立つ視点が満載。ネット書店、お近くの書店などでぜひお買い求めください。
<主な内容>
- 第1章 【店づくりの基本】繁盛しない店なんてない!
- 第2章 【接客の基本】200%の力でお客さんを笑顔にする!
- 第3章 【人材育成の基本】誰にもある商売の素質を引き出す!
- 第4章 【商品の基本】一番の武器は自分に身近なところにある!
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