居酒屋運営、楽コーポレーション(東京・世田谷)の宇野隆史社長の下には、一国一城の主になりたい若者が次々に集まる。個性的な店を出そうと張り切る若者は多いが、自分の個性よりまずお客さんの居心地を考えたいと宇野氏は語る。
店作りを考えるとき、自分の個性をどうやって出そうかと考える人は多いんじゃないかな。うちから独立した子でも、鉄板焼きだったり炭火焼きだったり、繁盛しているOBの店を研究しながら、マネはしたくない、自分の個性を出したいって、あまりほかの店では見ないような料理を看板にする子もいる。自分の店をどう作り込もうって一生懸命考えるのは素敵なことだって思うんだけど、ただ、そういう個性って独りよがりになりがちなんだよね。
店作りで大事なのは、自分の個性をいかに出すかより、お客さんにとってどれだけ居心地がいい店にできるかということだ。どれだけ店のコンセプトがお客さんに伝わりやすいか、気楽に入ってこられて、「ここならいい時間が過ごせそうだ」と安心できるか。自分が考える個性より、そっちの方がよっぽど大切だ。
9割、自分のやりたいことを主張しちゃうとさ。思い込みの強すぎる店になって、お客さんに店の良さが伝わりにくい。だいたい、自分の主張をするより、お客さんが楽しめるような店にして、まず繁盛させなきゃ話にならないよね。
店作りでは、繁盛している店を色々研究して、AとBとCを組み合わせて、Dという自分の店を作る。色々な繁盛店のどんな要素を組み合わせるかを考えることが「個性」だと、オレは思うの。AやBやCと同じことをやるのは嫌だから、いきなりEという店をやろうって言ったってさ。見たこともないようなコンセプトの店は、お客さんだって「ここは何の店だろう」って不安で入りにくいでしょ。
宇野氏の考える店作りにおける「個性」。店主が他の繁盛店を研究した上で集めた要素で店を作れば、マネではなく新しい個性Dになる
そりゃ、新しいことをやって長い年月をかけようやく店をはやらせて、パイオニアになるような人もいるだろう。すごいな、と思うけど、オレは楽に店を繁盛させることができるなら、その方がいいと思うんだよね。
どこにでもあるメニューが強い
メニューもさ。見た瞬間に「頼んでみたい!」とお客さんが思えることが大事でしょ。個性的であることにとらわれて、お客さんがすぐ「食べたい」と思わないようなメニューだったら、商売ではダメなわけじゃない。
刺し身におでん、肉じゃが。おやじとおばちゃんがやっているような居酒屋の定番メニューっていうのは、昔からずっと変わらない。変わらないというのは、お客さんがそれだけ好きだってことだよね。だったら、「どこにでもある」メニューを商品にした方が、お客さんは喜ぶし、店の作り込みだって楽だよね。
「個性的」な店ではさ。ちょっと変わった料理に力を入れていたりして、「普通に飲みたいけど、あそこに行くと料理が変わってるんだよなぁ」とか思って足が遠のいたりする。そういった料理を出すぐらいなら、オレはハンペンを焼いて出した方が、お客さんには喜ばれるんじゃないかと思うの。居酒屋でお酒と一緒に食べたくなるものって、単純で分かりやすいものなんだよね。「あそこの店の熱々の焼きハンペン、焦げ目が芳ばしくてうまいんだ」と言ったら、誰もが想像できておいしそうだと思えるでしょ。トリュフがたっぷりかかった肉じゃがが名物、とか言われても、想像ができなかったりするわけじゃない。そりゃ、おいしいかもしれないけどさ。そんなにいつも食べたくなるかなぁ、って思う。
楽コーポレーションOBの池谷直樹氏が、昨年7月末甲府にオープンした「酒場 日々(ひび)」。新鮮な刺し身に加え、炭火焼にした魚やおばんざい、日本酒が売りの店だ。チーズ入りマッシュポテトやなすの揚げ浸しなど、その日のおばんざいを盛り合わせた「おばんざい おまかせ4種盛り」は人気メニューの一つ(写真=大塚千春、以下同)
お酒を売るのでもさ。オレたちのような居酒屋だったら、ラインアップにすごくこだわって頭をひねるより、簡単で売りやすい方法を考えた方がいいんじゃないかと思うの。例えば、1杯500円だけど、2杯目は450円、3杯目は400円とかメニューに書いてあったら、お客さんに「おっ、いいね」って思ってもらえたりする。日本酒なんかで、「100種類そろえています」なんて店もあるけど、日本酒専門店ではないオレたちみたいな居酒屋では種類をそろえる必要はない。「今日はこれ飲んでみて」ってお客さんに勧められるお酒があればいいんだよね。
カウンターの向こうには炭火焼きのための囲炉裏(いろり)が設けられ、ライブ感のある作り。店内は落ち着いた雰囲気で、お客をくつろがせる。写真中央が池谷氏
また来られる安堵感こそ大事
地方にあるうちのOBの店は、うちで覚えたことや繁盛しているOBの店から得たアイデアを忠実に店にしたような居酒屋でね。駅から少し距離がある立地なんだけど、よくお客さんが入っているの。強い個性が感じられる店ではないけど、店主の顔がちゃんと見える、温かい接客ができているんだろうね。長く続く繁盛店っていうのは、際立つ必要はない。お客さんがまた気楽に来られるなっていう安堵感こそが大事だと思う。
よくオレはさ。1軒目は、自分がやりたいことより、ちゃんと儲けを出せる店をやろうよって話すんだ。お客さんが来たい店を作って、それで、1軒目をちゃんと繁盛させてから、2軒目、3軒目で自分の「個性」を形にしていけばいい。オレはそう思うんだよね。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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