居酒屋運営、楽コーポレーション(東京・世田谷)の宇野隆史社長の下には、一国一城の主になりたい若者が次々に集まる。宇野社長はゴルフを一緒にプレーした人と話すうち、ゴルフには商売の成功と共通する要素がいくつもあると気づいた。
先日、ゴルフに行った時のことなんだけどね。最近、1人で行くから、色々な人と一緒にコースを回ることになるんだけど、この間はある大企業の執行役員だった人と回ることになってさ。すごいなと思ったのが、その人、ボールがどこに飛んで行っても、絶対に動かさないで、そこから次のショットを打つの。
オレたちみたいな遊びのゴルフではさ。ボールが落ちた場所の芝がはげていたり、ぬかるんでいたりすると打ちにくいから、だいたいはさ、規定の範囲内でボールを動かせる「6インチプレース」なんていうルールを採用して、動かしちゃうわけ。ところが、その人はボールを動かさないでプレーして、しみじみ、「僕は今のゴルフが一番面白いんだ」と言う。なぜって、悪所に飛んだボールを打てるのは、その時だけだからと言うんだ。
「ゴルフは商売に似ている」と、楽コーポレーションの宇野隆史社長は話す
例えば、ディポット跡(ショットの際に芝が削れたくぼみを砂で埋めた所。小さなバンカーのようになっている)に飛んだら、そこからボールを出すには普通に打ってもダメ。どのように打つか、どこまで出そうと考えるか、その度に戦略を練らなきゃいけない。それが楽しいって言う。
考えてみたら、そういうショットってうまくいったら、普通に飛ばすより絶対うれしいよね。その人は引退後にゴルフをもう一度本格的にやってみようと思ったそうなんだけど、そんな風にプレーをして、60歳台になってからハンディがぐっと縮まったらしい。
話を聞いていて、ゴルフというのは商売と同じだなと思った。
会心のショットでフェアウエーに飛ばしたと思っても、ボールが落ちた場所に行ってみるとディポット跡だったなんていうことも、あり得るわけでしょ。それで、ボールを動かさないで打つなら、グリーンに向けて打つんじゃなくて、横に出したり、グリーンとは反対方向に出したりしなきゃいけなかったりする。商売でも前に進むだけじゃなくて、いったん、後退しなきゃいけない時だってある。オレのように50年近く商売をやっているとさ。店も、再開発に伴う立ち退きだったり、人手が足りなくなって店の再編成を考えなきゃいけなかったりで、閉めなくちゃいけない店が出てくることもある。
逆風が強い店をつくる
でも、それで今までとは違う町に出店して、他のうちの店を刺激する勢いがある店ができたりする。1店1店が内容の濃い店になることで、次の店作りのパワーを蓄えることができた。そりゃ、いつでも順風満帆のほうがいいだろうけど、いつもフェアウエーに会心のボールを打つことができるわけじゃない。景気をはじめ、長く商売をやっていれば必ず山も谷もある。その時々の状況でできることは何かを一生懸命考え続けることで、営業の力が付いてくる。先々を見ればもっといい「スコア」、つまりもっと強力な繁盛店に結び付いていくものだと思うんだ。
今年1月末、楽コーポレーションから独立した黒川圭太氏が東京・渋谷に出店した角煮が看板料理の居酒屋「□ニ○(カクニマル)」。駅近ながら人目につきにくい路地にあり、入り口は障子で中が見えない作り。「こんなところにお店が、と入ってきたお客さんが楽しんでくれ、ここで働きたいぐらいに思ってくれる店を」と考えたという(写真=大塚千春、以下同)
もう一つ、ゴルフと商売が一緒だと思うのは、良い結果を得るためには得意なコトを1つ作らなきゃいけないということだ。
本当に自信を持てる料理
オレはもう74歳になるから、若い頃に比べるとショットの飛距離が落ちている。だから、パー5のロングホール(ティーグラウンドからグリーンまで471ヤード以上のホール)では、普通3打目でグリーンに乗せて、2パットでカップに入れると考えるけど、オレは最初から4打目で乗っけようと思う。だって、どうあがいても3打でグリーンには届かないからさ。この年齢で飛距離を伸ばそうと思っても無理だから、通常より飛ぶ距離は短くても、ショットを確実にグリーンに向かって打てるように練習したほうがスコアにつながる。
それと同じで、商売でも自分が不得意なことをやり続けてもなかなか結果につながらない。うちのような居酒屋では、店の子たちがいくら頑張っても、何年も修業した料亭の料理人が作るような料理を出すのは無理でしょ。でも、居酒屋の定番料理の肉じゃがなら、毎日作っていればどんどんおいしくしていける。うちでは、毎日汁を継ぎ足しながら肉をとろとろに煮込んだ肉じゃがを出していて、これが人気なんだ。フランス料理のようなメニューを出して「日本一おいしいです」とは言えないけど、「日本一おいしい肉じゃがです!」なら、うちの店の子たちも胸を張って言える。商品を売ろうと思ったら、心の底からそうしたお薦めを言えないとだめだよね。
若い子たちは、だいたい他の店などで見てきた目新しいメニューを取り入れたくなったりするわけ。でも、そんな「不得意」なことをやるより、「得意分野」である居酒屋の人気メニューをとことん売ったほうが、絶対楽でしょ。
人気メニューは、現状で「マックスに売っている」と店の子たちは思っていたりするんだけど、得意分野なんだから、考えればもっと売る方法はあるはずだ。うちでは肉じゃがを、今「これまでの倍売ろうぜ」とはっぱをかけている。既に多くのお客さんが頼むメニューだから出数を2倍にするのは難しいけど、「プラス200円で2倍の大盛りにします!」なんて言えば、お客さんにも喜んでもらえて売り上げも伸びるでしょ。それに、人手不足の中、料理数が増えるより同じ料理の単価が上がったほうが、店を回しやすい。
人手不足でも魅力ある料理を出す
この春は就職するなどで、アルバイトが5人いなくなった店があったりして、最近は人繰りが大変だ。そうしたら、人手がなくても魅力的に出せる料理を考えることも必要になってくる。
うちの店は、刺し身が看板料理の一つ。本当はお客さんの目の前で柵を切って盛り付けてこそ材料の新鮮さ、魅力をアピールできるんだけど、人手がなくなると営業のピーク時にはこの作業が大変になる。そうしたら、目の前で柵を切らなくてもどうやったら魅力的な刺し身に見えるかを考えればいい。
例えば、薄造りを昆布にはさんで作る昆布締めならさ。ラップをかけておいて、すぐ出せる状態で準備しておけるでしょ。それで提供する時には、お客さんの目の前ですっと刺し身の上の昆布をずらしてお皿に盛れば、魅力的でおいしそうに見えるよね。
「□ニ○」の看板メニューである角煮は生春巻きの皮(ライスペーパー)で包んで食べる。しかし、水戻しした生春巻の皮は扱いにくい。そのため、お客が食べやすいようあらかじめ水戻しした皮を小さな皿に張ってラップをかけ、生春巻きの皮の袋に入れてカウンター上の洗濯物干しにぶら下げている。お客を楽しませる工夫でもある
商品は、あれこれ頭を悩ませて考えることで売る力が強くなっていく。どうせ力を付けるなら、不得意な分野であがくより得意分野の売る力を濃くしていったほうが、ずっと楽に繁盛する店ができる。オレはそう思うんだ。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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