宇野隆史社長率いる、居酒屋運営の楽コーポレーション(東京・世田谷)には、独立志向の強い若者が続々と集まる。宇野社長は、いつも店にあってお金もかけずに使える、ちょっとしたものに若者たちが気付くかどうかが、店が繁盛するかの重要なカギと話す。
今年、東京は桜の開花宣言があってからもずっと寒い日が続いて、今でも夜は冷え込む日があったりする。
先日、うちのある店にかみさんと行った時の話だけどさ。カウンターの並びに女の子たちが座ったから何気なく見ていたら、そこの店長が、「寒かったでしょう。これ飲んで」とさっと、熱々のおでんのだしを器に入れて出した。
器は、いつもおでんを盛って出している朱塗りの大振りのもの。女の子たちは、「えっ、私たちまだ何も頼んでないけど…」って驚いてさ。そうしたら、店長は「いいのいいの。温まって」って返してね。「おいしい~」って女の子たちは心からうれしいって顔をしていた。
特別に用意したわけでもなく、店に既にあるもので、お客さんの心をここまで捉えるってすごいな、とオレは感動した。それも、お通しを出すような小さな器じゃなくて、大きなおでんの器に入れて出したってのがいい。お客さんは、よけい驚いてくれるでしょ。だしを飲んでおいしいと思ったら、おでんだって頼んでくれるかもしれないわけじゃない。
うちでもおでんを出していて、せっかくそのだしが目の前にあるのに、これを使う子と使わない子がいる。ほんのちょっとのことだけど、そこにはものすごい差があるなぁと、つくづく感じた。
月に760杯も出る人気カクテル
オレが最近仕事でよく行く金沢のあるバーで飲んだ時はこんなことがあった。その店では、フルーツカクテルを出していてね。お酒の組み合わせが面白いしおいしいんだけど、フルーツがリキュールで生じゃなかったのね。それで、これ生のフルーツで作ってほしいなって話をしたら、店の子が自分で色々考えて次に行った時には、生フルーツでショートカクテルにして出してくれたの。評判になって、よく出ていると言う。
で、また彼を見ていたら、1杯分のカクテルをグラスに注ぐと、シェーカーに残った分を捨てていたんだ。もったいないなぁと思ってさ。
それで、「最近東京では、グラスをお皿の上に載せて、グラスからこぼれるぐらいにシャンパンを注いで、『こぼれシャンパン』なんてやったりするんだよ。カクテルでもやってみれば」って話をしてさ。酔っぱらっていたので、一緒に行ったかみさんが後で、「あなたしつこいのよ」って言うぐらい何回も繰り返したらしい。店の子は、にこにこ笑いながら聞いていたんだけど、その次に行ったら工夫をしていてね。カクテルはスタイリッシュに飲むものだから「こぼし」にするわけにはいかないからか、余った分をショットグラスに入れて出してくれたの。これが、すごく洒落ていてさ。他のお客さんも「これいいね」って言ってくれて。2月に始めたんだけど、1カ月で760杯も出たそうだ。新しい備品を買うわけでもなく、手持ちの武器でこんな魅力的なメニューになるってすごいよね。
金沢のバー「ジガーバー・セントルイス」のフルーツカクテル。普通のバーでは、グラスからあふれる分は捨ててしまうが、これを別のショットグラスに入れ添えて出す
安くて手軽なメニューも大事
そのバーでは、つまみについても話したりしてさ。店にはちゃんと厨房機器があって色々凝った料理ができるんだけど、仕込みも調理も大変でしょ。
だから、1000円台で凝った料理を出すなら、もっと安く出せて手間がかからないものを考えて数を売った方がいいんじゃない?って話したの。例えば、レモンを薄くスライスしてグラニュー糖をかけた「レモンのカルパッチョ」とか、豆腐に岩塩とオリーブオイルをかけた「豆腐のカルパッチョ」とかね。レモンをスライスするのなんて、1分もかからないわけじゃない。
薄切りレモンにグラニュー糖をかけた「レモンのカルパッチョ」。簡単なメニューだが、お客に人気
豆腐にかけるオリーブオイルとかはさ。高めのいいのを買ったって料理の原価率にそう響くもんじゃない。だから、いいオイルを使ってお客さんに出す時に、「このオリーブオイル、奮発してすごくいいのを使っているんです」なんて言いながら、「もっとかけます?」って声をかける。それでお客さんが「もっとかけて」なんて言ったら、そこにやり取りが生まれて、お客さんと「会話」ができる。ただおいしいものとか手間がかからないものを出せばいいんじゃなくて、そうやって接客を含めた全体をイメージしながらメニューを考える。それが、オレたち居酒屋の商売ではすごく大事だと思う。
そのバーの子は、レモンにミントを飾ったりとか、豆腐にミニトマトを添えたり自分なりに「カルパッチョ」のアレンジをして、すぐメニューに載せていた。豆腐には、金沢の伝統的な魚醤「いしる」を添えて出したりしてね。いしるっていうのは、お湯で割ったらそれだけでうどんの汁になるぐらいおいしい魚醤なんだ。ちょっとした郷土色が出たメニューは、観光で来たお客さんにも喜ばれる。このカルパッチョシリーズ、実際にお客さんにも人気でよく出ているらしい。
豆腐に岩塩とオリーブオイルをかけた「豆腐のカルパッチョ」。金沢の郷土調味料「いしる」が添えられている
オレはさ。自分で考えるだけじゃなくて、他の店で「これはいい」と思ったら、どんどんマネすればいいと思うの。もちろん、自分ならではのアレンジも加えてね。それですぐにやってみる。実際自分でやってみなけりゃ、作る時や売る時の工夫も分からなければ、お客さんの反応も分からない。
ダジャレが埋めるお客との距離
うちの店は、各店の店長が自分でメニューを決めているんだけど、ある店でやっていたシュウマイを他店の店長が「いいですね」って気に入ってさ。うちの子たちは料理人としての腕はないから、シュウマイといっても肉ダネをきれいに包むんじゃなくて、イカシュウマイみたいに皮の細切りを肉ダネに引っ付けただけのものなんだけどね。そうしたら、その子は自分なりのオリジナリティーをって考えたんだろうね。シュウマイで有名な崎陽軒(きようけん)をもじって「不器用軒(ぶきようけん)のシュウマイ」ってメニューに載せたんだ。それで、「不器用だから、ヒラヒラ、皮をくっつけただけなんですよ」って、お客さんとの会話の糸口にしている。すごいなと思った。
「不器用軒」みたいなちょっとしたシャレ、オレはすごく好きなのね。今年の2月に湖池屋がフライドポテトをもじって「プライドポテト」と銘打った、国産ジャガイモ100%の新製品を出した時も、「これはいいね。売れるぞ」と思った。歌唱力のある女子高生の、パワフルなCMも印象的だけど、「プライドポテト」みたいに、すごく簡単なもじりなのに訴求力がある言葉を使ったのは見事。居酒屋のメニューでそんな言葉を使えると、お客さんにニヤッと笑ってもらえて、共鳴してもらえる。店のファンになってもらえるんだ。
先の「不器用軒のシュウマイ」の子は、メニューだけじゃなくて、接客でもどんどん他の店でいいと思ったことを取り入れている。あるうちのOBの店では、お客さんが帰る時、単に「ありがとうございました」と言うんじゃなくて、「ありがとうございました。また、来週」と言っているんだけどね。「不器用軒」の子がよく見ていたら、お客さんへの挨拶のために挙げた手を「また帰ってきて」という風にくるっと手前に返しているって言うの。それで、自分でもそんな挨拶をするようにしたんだって。
どの店でもやっているように「ありがとうございます」と頭を下げられるより、そんな気持ちが伝わる挨拶をされた方が、ぐっと店との距離が縮まってお客さんもうれしいよね。そうしたほんのちょっとしたことの積み重ねで、店はお客さんに愛され繁盛していく。オレはそう思うんだ。
(構成:大塚千春、編集:日経トップリーダー)
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