格安ピザ店、急成長に人材育成が追いつかず破綻
注目浴びる陰で歪み拡大し破綻した遠藤商事・Holdings.
90秒で調理できる仕組みを考案し、ナポリ風本格ピザのチェーン店を一時は80店以上に増やした遠藤商事・Holdings.。しかし、急成長に人材育成が追いつかず、各店の収益力は伸び悩んだ。出店のための借り入れが膨らんだ結果、追加融資が難しくなり、資金繰りが滞った(この記事は、「日経トップリーダー」2017年6月号に掲載した記事を再編集したものです)。
「イタリアと同じ本格的なピザをワンコインで提供する」
「日本一のベンチャーになる」
かつて、遠藤商事・Holdings.を率いる遠藤優介社長のそんな言葉に心酔していた社員やフランチャイズチェーン(FC)店オーナーは、ついにその日が来たかと感じた。
「お金もらえるなら、俺が話してもいいです」
「ナポリス」の集客の目玉だったピザ。最も安い「マルゲリータ」は350円だった(写真:室川イサオ)
2017年4月28日、遠藤商事は東京地方裁判所に破産を申し立て、手続き開始決定を受けた。創業から6年で直営店とFC店を合わせて一時は国内外に80店以上を展開し、16年9月期には売上高25億2000万円を確保していた同社の破産は大きな波紋を広げた。申し立て当日は、東京・目黒のマンション1階にある本社前に債権者や社員が押し寄せたという。
5月11日、遠藤商事関係者に取材できないかと本社を訪ねた。ドアを開けると、スーツ姿の男性がいた。前日に取材依頼をした申立代理人の弁護士で「昨日電話で話した通り、破産手続きの最中で、取材には応じられない」と再び断られたため、本社を後にし、自由が丘駅近くの直営店に向かった。
すると、背後から若い男性が駆け寄ってきて「記者の方ですね。お金もらえるなら、俺が話してもいいです」と声を掛けられた。取材で金銭は払えないと告げると、男性は残念そうに立ち去った。数十秒のわずかな会話だったが、今後の生活の不安などを訴えたそうな従業員の思いは伝わってきた。
ピザ1枚90秒で提供
遠藤商事は11年5月の設立。イタリア料理店などで経験を積んだ遠藤社長が、コンサルティングをするはずだったオープン前のイタリア料理店の運営を任せられたのが起業のきっかけ。これが東京・吉祥寺の1号店「ピッツェリア バール ナポリ」だ。ピザのほか、肉や魚の料理もある客単価3000円程度のイタリア料理店で、この店をモデルに多店舗化を始める。
「ナポリ」業態の成功を足がかりに、遠藤商事は駅前の一等地でファストフード需要を狙うピザ店「ナポリス ピッツァ アンド カフェ」を開発し、FC展開を積極化した。12年4月、「マルゲリータ1枚350円」を打ち出して東京・渋谷に1号店を出すと女性客が殺到。同年8月には、他社と共同で「ナポリス」100店を目指すFC運営会社を設立した。
東京・目黒のマンション1階にあった遠藤商事本社。破産申請当日には債権者が集まった
積極出店の武器となったのが、誰でもピザがうまく焼けるという窯や生地伸ばし機のセット。アルバイトでも1枚90秒で本格ピザを提供できるコック不要の店を訴求した。この仕組みが評価され、遠藤商事は15年、16年と相次いで、飲食業界を変える優れたベンチャー企業として表彰を受けた。業界の枠を超えて注目企業になった。
人材育成が追いつかない
しかし、スポットライトが当たる陰で、急成長による歪みが生まれていた。複数のFC店オーナーが「倒産の最大の要因は、出店のスピードが速すぎたことだ」と口をそろえる。
一般に、FC展開をする本部はそのノウハウをFC加盟店に提供してロイヤルティーを得る代わり、マニュアルや教育の仕組みを整え、スーパーバイザー(SV)の社員が定期的に担当の店を回って店の運営をフォローする。
遠藤商事は、こうしたFC店を支援する仕組みが店舗拡大を急ぐためにおろそかになった。「普通なら営業前の何日かは教育研修があるものだが、遠藤商事は『うちでしばらく人を出しますから、すぐ店をやりましょう』と出店を進めることが多かった」とあるFC店オーナーは振り返る。
ところが「2、3カ月すると、遠藤商事から手伝いに来ていた社員は、別の新規出店を支援するためにいなくなってしまう」(同)。遠藤商事の社員がいなくなると、店の人手が足りなくなり、売り上げが低迷するFC店もあったようだ。店が増えるほど、数人のSVだけでは対応しきれず、各店舗への支援はますます不安定になった。
「店の撤退をとにかく嫌った」
しかし、遠藤社長は100店達成の夢を追うため、「いったん出した店の撤退をとにかく嫌った」(あるFC店オーナー)という。利益が出なくなりFC店オーナーが撤退を申し出ると、遠藤社長は「応援するから続けましょう」と社員による支援を強化し、それでも不振が続く場合は、遠藤商事がFC店の運営に直接乗り出した。
急成長しても利益は低迷
●遠藤商事・ホールディングスの業績
※東京商工リサーチ調べ。2014年9月期~16年9月期は申立書による
「中には信用に乏しいFC店オーナーの代わりに遠藤商事が直接、物件の賃貸契約をするケースまであった」(信用調査会社)という。しかし、そこまでしても、全ての店で収益を改善することはできず、遠藤商事の経営はさらに厳しくなっていった。
それでも、遠藤社長は出店のアクセルを踏み続けた。14年頃からは、スペイン料理店、カレー店、ラーメン店などを相次いで開き、ピザ以外の売り上げ確保を狙った。15年からは、インドネシア、中国など海外にも進出した。
しかし、金融機関からの借り入れに頼った強気の出店で運転資金を確保する手法は長続きしない。負債が増えて金融機関の姿勢が変わると、一気に資金繰りは苦しくなった。海外出店も順調なところばかりではなく「契約でもめて閉めた店もいくつかあった」(遠藤商事の関係者)。
遠藤商事は、この頃から自転車操業に追い込まれていたようだ。比較的最近加盟したFC店オーナーの話がそれを裏付ける。
このFC店オーナーが保証金と加盟金を支払うとすぐ、店舗物件が決まる前に遠藤商事から電話があり「窯はイタリアから運ぶので発注を急ぐ必要がある。代金500万円と搬送料50万円程度をまず払ってほしい」と告げられた。
物件も決まっていないのに窯の発注は無理と返答すると「中型の窯ならどんな物件でも合うから、とにかく発注してほしい」とせかされたという。
給与未払いで閉店始まる
16年末からは取引先への支払いが滞ることが増え、信用調査会社への問い合わせが多くなった。
17年4月半ばには代金の未払いが続いたある取引先が遠藤商事の預金の仮差し押さえに動いた。そのため本部に集めたFC店の売り上げからロイヤルティーを引いた分のFC店への戻しや、従業員への給与支払いが止まる。
給与の未払いで出社をやめた従業員が出て一部の店は閉めざるを得なくなった。遠藤商事の手元資金はさらに減り、ついには営業を続けられずに、破産に至った。
遠藤商事は店舗拡大の目標達成をあまりに急ぎすぎた。その理由を尋ねようと、遠藤社長に弁護士を通じて取材を申し込んだが、前出のように「破産手続き中」を理由に応じてもらえなかった。
遠藤社長は「ナポリス」という業態を生み出し、「外食ベンチャーの雄」として注目を集めた。しかし、遠藤社長の考えたビジョンがいかに優れたものでも、少ない投資で成長できるITベンチャーなどと飲食ビジネスは違う。
実際に食材や酒を仕入れる必要があり、店舗拡大には家賃や保証金などの費用が掛かる。遠藤社長はその点を甘く見ていたとしか思えない。社内にも、遠藤社長に手元資金の重要性を教え、出店に歯止めをかける財務に明るい人間は最後まで育たなかった。
なお、遠藤商事の破産手続き開始とともに、同社が所有していた「ナポリ」「ナポリス」などの商標権は、これらの商標に担保権を設定していた飲食店経営支援会社に移転した。この飲食店経営支援会社は、17年7月に業務提携を発表し、これらの商標を用いたピザ店のフランチャイズ展開に新たに乗り出している。現在のナポリ、ナポリスは遠藤商事とは関係がない。
Powered by リゾーム?