企業の破綻には定石がある。今回はその1つ「幸運なヒットが災いになる」について、実際の破綻事例をもとに考えてみる。
ここで紹介する会社は、節電ブームを追い風に冷感寝具をヒットさせ、工場新設や本社移転などに投資した寝具メーカーだ。しかし、“2匹目のドジョウ”を狙った新商品は当たらず、売り上げ維持のために取った戦略は結果的に経営破綻を招くことになった。
寝苦しい夜にひんやりとした肌触りで暑さを和らげる冷感寝具。東日本大震災による節電意識の高まりをきっかけに、注目を集めた。その1つが、敷布団の上に広げる敷きパッドで、室温より1.5度低くなる性質のジェルを用いた「ひんやりジェルマット」。2011年には前年の2倍以上売れ、生産が追いつかないほどのヒット商品になった。
これを製造・販売してきたヒラカワコーポレーション(東京・中央)が、東京地方裁判所に破産を申し立て、2016年11月9日に開始決定を受けた。東京商工リサーチによれば、同年1月期の負債総額は約28億8000万円。既に同年8月に全従業員を解雇して弁護士に事後処理を一任、事実上事業停止に追い込まれていた。
節電意識の高揚を追い風に売り上げを倍増させる原動力となった「ひんやりジェルマット」
同社の設立は1989年。寝具や寝装品などの製造と販売を手掛けてきた。法人登記簿には、羽毛寝具、衣料製品や畳材料の輸出入なども設立の目的と書かれている。
製造は中国で行っていた。1994年、江蘇省に合弁会社を設立して羽毛製品の製造を始め、寝装品の製造工場や畳材料を扱う会社を合弁または独自資本で、次々中国に開設した。
2007年に中国で「ひんやりジェルマット」の製造を始め、翌年には日本での販売を開始。そして韓国や米国にも販路を広げていく。国内では、ディスカウントストアやカタログ、インターネットなどの通信販売を主な販路とした。
売り上げが2倍の40億に
転機になったのは、2011年。前述したように東日本大震災の影響で、消費者が冷感寝具を求めるようになったのだ。「ひんやりジェルマット」の売り上げは大幅に増加。これに伴い、ヒラカワコーポレーションの2012年1月期の売上高は42億5400万円と、2011年1月期の約20億円に比べ2倍以上になった。
一方で2011年から同社は、積極的な設備投資を行う。1つは、福島県白河市内の工業団地に土地と工場を購入したこと。工場、倉庫、事務所など合わせて5000平方メートルを大きく超える不動産の取得に伴い、同社は1億5000万円の根抵当権を設定している。
また、東京・日本橋にあった本社を移転し、近隣に5階建てのビルを購入した。こちらには3億1300万円の根抵当権を設定しており、多額の設備投資をしたとみられる。
続いて2012年には、千葉県浦安市に倉庫と配送センターを建設。翌年には、同じ浦安市内にショールームもオープン、販路拡大を狙って法人向けに寝具・インテリア商品を展示し始めた。
その後、ヒラカワコーポレーションの売上高は、2013年1月期約32億円、2014年1月期約41億円と増減しながら、2015年1月期には54億1600万円と50億円の大台に乗る。ただし、この期の当期利益は1500万円あまりで「ひんやりジェルマット」がヒットした2012年1月期以降、1000万円台のままほとんど増えていない。
利益よりも売上高を重視したと見られる背景には、金融機関の意向があったようだ。
この頃には、節電意識の落ち着きと需要の一巡が重なって、「ひんやりジェルマット」で大きく稼ぐのは難しくなっていたと見られる。そんな中で売り上げの維持が求められ、同社は利幅の薄い寝具小物や雑貨に力を入れるようになったという。
特許侵害指摘で伸び悩み
ただ、手をこまぬいてはいなかった。次なる新商品「アイダーウォームス」を開発し、市場に投入したのだ。これは羽毛に似せた軽くて暖かい新素材のこと。同社はこれを利用した寝具を売り出した。
しかし、2016年1月期の売上高は36億円あまりと、2015年1月期に比べて20億円近くの減収となった。当期損益も、5年続いた黒字から1億4000万円近い赤字に転落。新製品を「ひんやりジェルマット」のようなヒット商品には育てられなかった。
その理由として、破産の申立書には「製造方法などについて第三者の特許権を侵害している可能性があると指摘されたため、販売が思うように伸びず」との記述がある。また関係者の間からは、主力取引先が販売に消極的だったという話も聞かれる。さらに、暖冬の影響を受けたという見方もある。
ヒラカワコーポレーションの幹部らは、金融機関に返済期限の延長を申し入れたというが、うまくはいかず、2016年8月に従業員の解雇と事業の停止を余儀なくされた。
ヒットには落とし穴も
それと前後して、浦安の倉庫・配送センター、本社の土地・建物などの資産を相次いで売却、会社の整理に入る。そして同年11月、ついに破産を申し立てた。
本誌は申し立て代理人の弁護士に倒産理由の確認や、元社長へのインタビューを申し込んだが、応じてもらえなかった。主力取引先の上場企業にも取材を依頼したが「状況を完全に把握してはいないので話しにくい」(広報担当者)とのことだった。
ヒット商品に恵まれて業績が伸びれば、それで得た資金に借入金を加えて設備投資を行い、次なる事業展開を図ろうとするのは経営者として自然な考え。だが、新しい本社ビルまで購入する必要があったかどうかは疑問が残る。
「ひんやりジェルマット」のヒットが、東日本大震災という未曾有の大災害による“特需”に支えられた面が大きかっただけに、なおさらだ。
実力なのかツキなのか
東京商工リサーチ情報部の担当者は、ヒラカワコーポレーションの例を踏まえ、「思いがけない売り上げ増に恵まれたら、それが実力によるものなのかそれともツキによるものか、さらにどのくらい続きそうかなどを十分見極める必要がある」と話す。
事業拡大のために設備投資を行って借入金が膨らめば、特需が去って通常の売り上げに戻った場合、返済が困難になることは十分あり得る。ヒット商品を出せた場合でも、無理に拡大に走らず身の丈に合った経営を続けることが、成熟した経済の中で中小企業に求められるのかもしれない。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年1月号に掲載した記事を再構成したものです)
なぜ、あの企業は破綻したのか。経営者向けの月刊誌「日経トップリーダー」が帝国データバンク、および東京商工リサーチの協力を得て、
近年、経営破綻した23社を徹底取材。現場社員や取引先そして経営者本人の苦渋の証言、決算や登記簿などの資料から、破綻に至った経営を多角的に読み解く。
- 【主な内容】
- 第1章 急成長には落とし穴がある
- ■破綻の定石1 脚光を浴びるも、内実が伴わない
- ■破綻の定石2 幸運なヒットが、災いを呼ぶ ほか
- 第2章 ビジネスモデルが陳腐化したときの分かれ道
- ■破綻の定石4 世代交代できず、老舗が力尽きる
- ■破綻の定石5 起死回生を狙った一手が、仇に ほか
- 第3章 リスク管理の甘さはいつでも命取りになる
- ■破綻の定石8 売れてもキャッシュが残らない
- ■破綻の定石9 1社依存の恐ろしさ ほか
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