何とかなるんじゃないか

市場変化に危機感を抱き、破綻企業も手を打っていた。それでも破綻してしまったのは、どういうことだろう。手の打ち方が悪かったのか、手を打つのが遅れたのか、あるいはまた別の要因か。

井上:一番の共通点は、打つ手が後手に回っていることではないか。収益力が落ちたとはいえ、既存事業は回っている。一定数の顧客は残っていて、注文もくれる。「今の場所(事業モデル)が安住の地だ」と勝手に体が反応し、どうしても改革が遅れる。改革をスタートする時期も遅いし、スタートしてからの進め方も遅い。

 シンエイも日食も、手の打ち方は悪くなかったと思う。問題は、どこまで力を注いだかということ。破綻企業の取材をしているといつもそこが気になる。

久保:確かに業績がじり貧になっても、そこそこ売り上げが立つので、「何とかなるんじゃないか」と思うのだろう。そのほうが、新しいことをしなくて楽だから。

 龍角散の藤井隆太社長がこんな話をしていた。藤井社長が会社に入ったとき、売上高に匹敵する借入金があったのに、社内の危機感は驚くほど薄かった。(喉の調子を整える薬の)「龍角散」という圧倒的なブランド力を誇る“お化け商品”があったからです。藤井社長が主導して新商品を立ち上げるなど改革に着手すると、幹部がものすごく抵抗をしたそうだ。

 「ぬるま湯から抜け出すのは難しい」と藤井社長は言っている。それが意味するところは深い。

改革するも中途半端

改革を進めるには、既存事業の人員・資金の多くを新規事業に移すくらい、経営者の強い覚悟・決断が不可欠だろう。老舗宝飾品メーカーの平和堂貿易(16年10月自己破産)も、展示会や百貨店向けの販売で一時代を築いたが、20年ほど前から失速した。以来、ネット販売をするなど手は打っていたが、新規事業を片手間にしていた面があるので、業績低迷から抜け出せなかった。

高額宝飾品の売上高が激減
平和堂貿易
平和堂貿易
 百万円以上する高額宝飾品の輸入販売会社として、またテレビのクイズ番組への賞品提供で、高い知名度を誇っていた平和堂貿易(東京・港)。高額品市場が縮む中でも、百貨店頼みの売り方を最後まで変えなかった。若手社員が相次いで退職し、企業改革の力を失い、16年10月自己破産に陥った。

 創業者の娘が社長を務めていたが、改革の大なたは振るえなかった。業績が低迷したとき、どんなタイプをトップに据えるかは重要。龍角散の藤井社長のような創業者気質の人がいいのかな。

久保:創業者か、少なくとも創業者タイプの人で、半ば強引に引っ張ることができる人が理想だろう。グループウエア大手のサイボウズも、クラウド化の動きがこれから米国から来るというとき、創業メンバーの青野慶久社長の号令一下、組織をさっと動かした。中途半端ではなく、どこまでやり切れるか。破綻企業はそこのところが甘い。