だが、当時はあまり知られていなかったが、テラマチの利益率は低く、たびたび赤字に転落していた。東京商工リサーチの調査資料を過去にさかのぼると、例えば99年12月期には約19億円の売上高に対し、7000万円の最終赤字を計上している。原因は、過大な設備投資にあった。

テラマチの業績推移
テラマチの業績推移
東京商工リサーチ調べ

20億円の借金の重荷

 ある関係者はこう証言する。
「初代の一郎氏が30億円の借金をつくった。2代目の友宏氏は10億円減らしたが、20億円の借金を抱えた状態で、2005年に3代目にバトンタッチをした」。当時のテラマチの売上高は20億円前後。同規模の借金は重い。

 なぜ、そこまで借金が膨らんだのか。「初代も2代目も職人気質で、難しい仕事を頼まれれば進んで取り組んだ。それが技術力を磨いたのは確かだが、財務的には過大投資という認識も薄いまま、最新設備を買い続けた」(関係者)。

 それでも、大量注文がいくつも舞い込んできた時代には、資金は回った。寺町家は地元の名士となっており、金融機関からの信用も厚かったという。しかし、寺町社長が3代目に就任した05年頃から、会社の雲行きは怪しくなる。

 まず中国をはじめとする海外企業の技術力が飛躍的に向上し、日本の部品メーカーの仕事が減った。これに加えて、市場の成熟化などにより、発注の小ロット化と短納期化が、それまでにも増して進んだ。この環境変化が寺町社長を苦しめる。

 数量の少ない注文を段取りよくこなそうとしても、6工場にまたがる工程間の至る所で、仕掛品の滞留が発生した。これがコストアップの要因となり、納期にも影響が出た。「試作を頼んでも、他社の倍以上の日数がかかった」と、ある取引先は明かす。

 物がうまく流れない上、注文量も減ったため、社員の手待ち時間は増えた。ある関係者はこう話す。「例えば最近の鍛造工程は週に1日しか稼動していなかった。1日のためだけに鍛造専門の職人を抱えている。仕事がない日は他の工程も手伝っていたが、『餅は餅屋』で作業効率は上がらない」。

 機械が800台もあれば保守費用も大きい。一貫生産の強みは弱みに転じた。一貫生産自体は悪くないが、生産の効率化が遅れていたテラマチの場合は、設備を持て余すようになったのだ。危機感を抱いた寺町社長は、稼働率が低い機械を売却し、300台まで減らした。同時に「多品種少量・短納期」の時代要請に応えるため、生産体制の改革に着手した。

 しかし、改革は遅れた。寺町社長本人がこう振り返る。

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