愛媛県西条市にあるテラマチの本社・工場。60人の従業員が働いていた(2016年撮影)

 部品メーカーとしては、国内屈指の機械保有台数を誇った企業、テラマチが2016年に経営破綻した。技術力には定評があり、「はやぶさ2」の搭載装置の開発にもかかわったほどの会社が、なぜ破綻したのか。そこには3代目の苦悩が横たわる。

 「我々が目標とするモデルファクトリーだったのに」。愛媛県のある機械メーカー社長はそう残念がる。同県西条市のテラマチは、かつて四国を代表する優良企業だった。

 テラマチは農業・建設機械向けの部品を作り、最盛期には800台の生産機械を保有。金属の強度を高める鍛造から、加工、熱処理、組み立てまで一貫生産できるのが強みだった。緑あふれる広大な敷地には6棟の工場があり、温度変化による部品の伸縮を防ぐため、工場内は一定室温に保たれた。

 その高い技術力を買われて、2014年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」の物質採取装置の開発にも携わった。だが実は、テラマチの資金繰りは長く綱渡り状態が続いており、16年1月19日、松山地方裁判所西条支部に民事再生法の適用を申請した。

 直近の15年3月期の売上高は12億8300万円で、4億4000万円の最終赤字を計上。負債総額は約29億円に上った。

 破綻の背景を探ると、経営環境の変化に翻弄された3代目社長の苦悩が浮かび上がる。

「中国には負けない」

 テラマチは寺町昌則社長の祖父、一郎氏が1933年に創業。当初は大阪で部品加工業を営んでいたが、戦火を逃れ愛媛に移った。同地は住友グループ発祥の地で、町工場が集積する企業城下町。だが、よそ者の一郎氏には冷たく、熱処理などを請けてくれる会社を探すのも一苦労だったという。

 そこで一郎氏は自前主義を掲げ、利益を積極的に設備投資に振り向けていった。これが結果的に、一貫生産体制という強みにつながる。「テラマチに頼めば素材加工から組み立てまでしてくれるので、発注者はラク。一貫生産だからコスト競争力もあった」と、ある取引先は振り返る。

 もともと農機メーカー向けのネジ類の製造を得意にしていたテラマチの業容は、一貫生産を武器に徐々に拡大。90年代には建機、工作機械などの大手メーカーが顧客に名を連ね、生産品目は2000種類以上に及んだとされる。

 「中国や韓国など、海外企業との競争には絶対に負けない」。85年に事業承継した2代目社長の友宏氏は常々、周囲にそう語っていたという。アジアの部品メーカーは品質面で日本企業に及ばず、一貫生産体制を敷くテラマチはコスト面でも分があると見ていた。