「マネジメントとは、模範となることによって行うものである」(『経営者の条件』)と、ドラッカー教授は著しました。

 つまり、指示命令で人をコントロールすることは、マネジメントではない。そう主張したのです。

 それゆえセルフマネジメントを重視しました。

 マネジメントは組織だけを対象にするものでない。リーダーも含めた組織を構成する個人が、自らをマネジメントすることも含むと考えました。

 千奈美専務が心に刻んだ、「何によって憶えられたいか」は、知識労働者の模範となるべき経営者が自らに問うべき、セルフマネジメントの最高峰に位置する問いです。

 ドラッカー教授は「自己刷新を促す問い」(『非営利組織の経営』)であると評し、自身も生涯にわたって問い続けました。

老いたシュンペーターの人間的成熟

 教授はこの問いを人生で何度か耳にしました。冒頭に紹介したように、13歳のとき、宗教の先生に問われただけではありません。

 40歳のとき、父アドルフが、病床にあった友人の経済学者、ジョセフ・シュンペーター教授に尋ねるのを聞きました。中内功氏との共著『創生の時』で紹介され、『プロフェッショナルの条件』にも引用されている逸話を簡潔に紹介します。

 父アドルフは「自分が何によって知られたいか、今でも考えることはあるかね」と、シュンペーター教授に問いました。

 シュンペーター教授は答えます。

 「その質問は今でも、私には大切だ。でも、むかしとは考えが変わった。今は一人でも多く優秀な学生を一流の経済学者に育てた教師として知られたいと思っている」

 ドラッカー父子は、これを聞いて驚いたはずです。経済学の泰斗として知られるシュンペーター教授が、若かりし日に、「ヨーロッパ一の美人を愛人にし、ヨーロッパ一の馬術家として、そしておそらくは、世界一の経済学者として知られたい」と言っていたのを知っていたからです。

 人生の終わりを迎えようとしているシュンペーター教授は、こう言葉をつなぎました。

 「人を変えることができなかったら、何にも変えたことにはならないから」

 「何によって憶えられたいか」――。この問いに向き合うとき、誰もが外の世界に視線が向かい、未来に向けて視野が開けます。そこで自分がなすべきことが見え、おのずと覚悟が決まります。

(「日経トップリーダー」2015年10、11月号の記事を再編集しました)

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