【解説】

 「顧客ニーズを聞け」とよく言いますが、実際、顧客に話を聞いた経験がある人は少数です。

 一番の理由は、聞き方がよく分からないからです。顧客に直接、「あなたのニーズは何ですか」と尋ねたところで、有益な情報はほとんど得られない。そんな実感を持つ人は、多いでしょう。

 問題は、いきなりニーズを尋ねるところにあります。ニーズという言葉で表現される、顧客の「欲求」を深く理解するには、その人が生きている「現実」を知る必要があります。

 才野社長は手痛い経験を経て、自分がこれまで売ろうとしてきたものが、顧客が求めるものと違うことに気づきました。

 才野社長が誇りとしてきた「技術」は、顧客の欲求を満たすのにまったく役立たないわけではありませんでした。けれど、顧客にとっては手段に過ぎず、来店の目的にはなりえませんでした。顧客が本当に買いたいものは、技術ではなかったのです。

 この瞬間、才野社長のものの見方が、「企業目線」から「顧客目線」に切り替わりました。

 すると新たな疑問が湧きました。

 「顧客が本当に買いたいものは何だろうか」

 そのときに助けとなったのが、ドラッカー教授の言葉でした。

 「顧客にとっての関心は、自分にとっての価値、欲求、現実である」(『マネジメント[上]』)

 この言葉は、「現実→欲求→価値」という順番で考えると使いやすい道具になると思います。

顧客はニーズを自覚していない

 現実とは、顧客の目の前で繰り返されている日常です。

 現実は漠然としており、そのなかには往々にして、不満、不安、不便などの感情が隠れています。

 なぜ、隠されてしまうのか。

 解決できないものとして諦められているからです。

 現実のなかに潜む不満などの感情は、顧客のなかで顕在化していない「欲求の種」のようなものです。この欲求の種を探し、育てた先に、顧客ニーズに合う商品やサービスが生まれ、顧客に対して価値を提供することが可能になります。

 だから才野社長は、「私たちの顧客の現実とは何だろうか」と、自問しました。そこで女性誌を活用するという方法を思いつきました。そこに自分たちが普段、見ることのできない顧客の現実をうかがうヒントがあると考えました。こうして浮かび上がった顧客の現実とは、「仕事と家事、育児に追われて忙しいなかで、わずかに残された自分の時間を大事にしている毎日」でした。

 ここまでくれば提供すべきサービスは、いくらでも思いつきます。アイデアが現場から湧き上がってきました。それらを一つひとつ試しては顧客に感想を尋ね、ニーズを深掘りしていきました。

 この店を視察して、「シャンプーを複数用意して選ばせる」というサービスをそのままマネする美容室もあるでしょう。

 しかし、そんなやり方は長続きしません。常に変化する顧客ニーズを追い続けるには、顧客に正しく向き合うための原理を知らなくてはなりません。それを端的に示すのが、冒頭に紹介したドラッカー教授の至言です。

 (この記事は「日経トップリーダー」2015年12月号の記事を再編集しました)

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