最初は去った社員を責める気持ちが強かった。

 しかし、やがて自分の内面の問題に思い至った。

 「最初に美容師を志したのはひとえに、お客さんを喜ばせたいという思いからだった。しかし、忙しく日々の仕事をこなすうち、その思いが薄れていた」

 そんなとき、たまたまドラッカーに学ぶ経営セミナーの案内を目にした。美容師としての勉強は多くしてきたが、経営については勉強したことがなかった。一から経営を学んでみたいと思って参加した。

「顧客にとっての関心は、自分にとっての価値、欲求、現実である」 (『マネジメント[上]』)

 ドラッカーのこの言葉にセミナーで出合い、才野社長はハッとした。顧客を喜ばせたくて美容師になったはずなのに、顧客について真剣に考えたことがなかった。

顧客を無視した「理想の髪型」

 「カットをするとき、お客さんの要望などほとんど聞かず、いつも自分の考える『理想の髪型』に仕上げていた。それで喜ぶお客さんなんていない」と気づいた。

 顧客を喜ばせるには、まず顧客の「現実」を知らなくてはならない。顧客の現実とは、その人が見ている景色であり、直面している課題。それさえ知れば、おのずと顧客の「欲求」が分かり、その顧客にどんな「価値」を提供すべきかが見えてくる。そんな考え方をセミナーで教わった。

 店に戻って、顧客の現実を知るために始めたのが、女性ファッション誌の分析だ。
 女性ファッション誌はそれぞれ、読者ターゲットを明確に定めている。読者の年代や独身か既婚かといったライフスタイルの違いに合わせて、記事の内容はもちろん、そこで紹介する洋服や生活雑貨なども決めている。
 だから、複数の女性誌を読み比べれば、ライフスタイルによって異なる顧客の現実が見えてくるはずだと考えた。

 新しく採用した社員などと分担して、読者層の異なる女性誌を約10誌、熟読。既存顧客のイメージに一番合う雑誌を特定した。

 それは、子育てをしながら働く女性をターゲットにした雑誌だった。カット技術に定評があった才野社長の店には、ワーキングマザーの女性客が多く集まっていたのだ。

 では、彼女たちが直面している現実とは、どのようなものか。

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