東横インの部屋はなぜどこも同じ間取りなのか
コンビニ袋を提げて入れると“評価”を得た日常型ホテル
東横インの部屋はどこも同じ――。何度か宿泊したことのある人なら、このことに気づくだろう。コスト削減だけがその理由ではない。キーワードは“理髪店と枕”。「コンビ二袋をぶら下げて気軽に泊まれる」という“評価”で高いリピーター率を維持する東横インの秘密を解き明かす。
東横インは全5万室、どこの店舗に泊まっても、部屋の大きさや間取りがほとんど同じだ。家具の配置もほぼ変わらない。ロビーなど共有スペースも同じつくりになっている。
宿泊客によっては「あれ、今日はどこの東横インだったっけ?」と思うほどだという。
それが、宿泊客が東横インを選ぶ理由の一つになっている。
東横インのシングルの客室。海外の店舗でも基本の間取りは同じ(写真:皆木優子、以下同)
客室のシングルの広さはおよそ6畳一間。ツインやダブルも奥行きが1メートル長いだけ。なぜそうしたかと言えば、「ホテルに泊まる際の宿泊客のストレスをできるだけ少なくしたいから」だ。
目指すのは「第二の我が家」
「男は床屋と枕は変えない」というのが創業者・西田憲正氏の持論。東横インは、決まった理髪店に通ったり、同じ枕を使い続けたりするのと同じように、宿泊客がクセ(習慣)で泊まるホテルになることを目指しているのだ。
利用頻度が高い人ほどホテルに変化を求めず、いつもと同じであることを心地よく感じる。「日常型ホテル」の客室は均一がいい、という考え方だ。
泊まるたびに「あれはどこだったかな」「これはあったかな」と考えるのは煩わしい。それこそスイッチの位置一つ、探さなくて済むほうがうれしい。
全国どこに泊まっても同じタイプの部屋というのは、全国に自分の部屋があるようなもの。東横インが目指すのは「第二の我が家」だ。
札幌の店舗だろうが那覇の店舗だろうが、どこに行ってもドアを開けて2、3歩でユニットバスの扉があって、また2、3歩進むと机の角があって、さらに2、3歩行けばベッドがある。
ただ部屋はすべて同じ向きではなく、入って右側にユニットバスがあるか、左側にユニットバスがあるかなどの違いはある。支配人によっては常連客に合わせ、好みの向きの部屋に案内する。
全店に同一規格の客室を供給することは、客室の大量生産が可能になり、コストが抑えられるというメリットもある。これが値ごろ感のある客室料金につながっているというわけだ。
特別なものはないが、不満もない
ホテル・旅館経営のビジネススクール、宿屋大学の近藤寛和代表はこう指摘する。
ベッドの下に、スーツケースなど大きな荷物を収納できるスペースがある
「東横インの特徴は安心感。日本全国どこにでもある上、どこに行っても同じレイアウト。どこに何があるかが分かるし、同じサービスが受けられる。これは海外の東横インもしかり。セブンイレブンと共通するような安心感がある。これが出張の宿泊客に選ばれるポイントだろう。特別なものはないが、不満も全くない」
東横インの客室は、合理性に基づくつくりで、無駄がない。例えば、ベッドの下にスペースがあり、スーツケースや大きな荷物をしまうなど有効活用できる。
書きものやパソコンなど客室の机で広々と作業ができるように、テレビは壁掛け(古い店舗などを除く)。客室専用誌「たのやく」も壁に取り付けた透明のケースに収納されている。これも机の利用スペースを少しでも広くするためだ。
東横インでは宿泊客10人中8人が欲しいと思うアメニティー(洗面用品)や備品だけを客室に用意する。10人泊まって2人しか必要としないものを置くと、場所を取るし、コストも割高になるからだ。
これを常に意識し、時代によって客室に常備するものを変えている。例えば、かつてはヘアリキッドを各部屋に置いていたが、今はない。クシやカミソリ、寝間着用のナイトガウンは、フロント脇に用意。必要な人にだけ持っていってもらう。
ズボンプレッサーも、昔は全客室に設置していたが、利用者が減ったため今はフロアに1台だけを用意している。
あえてゴージャスにしない
東横インは「日常型ホテル」を展開している。
創業者の西田氏いわく、日常型ホテルとは「本当は自分の家で眠りたいが、帰れないので仕方なく泊まるホテル」のこと。
高級温泉旅館、リゾートホテル、シティーホテルは泊まること自体がレジャー。これらは「非日常型ホテル」だ。
日常型ホテルの宿泊客は「清潔、安心、安く泊まれる」ことが大切で、非日常的なサービスや空間は求めていない。
この3つの要素が高いレベルで維持されていれば、自然と宿泊客は集まり、常連になってくれる。実際、東横インのリピーター率は7割に上る。
ホテルの中でおいしい食事を味わったり、きらびやかなロビーや豪華な客室を楽しんだりする非日常型ホテルとは異なり、宿泊のみを提供する。
部屋のグレードも我が家の自分の部屋と同程度。コストや人手がかかる宴会場やレストラン部門、大浴場は設けない。宿泊客に気持ちよく泊まってもらう部分にお金を使う。
不要なサービスはできるだけ省き、無駄なことは改善して、その分を宿泊客へのサービスに還元する。それが東横インの基本スタイルだ。
「コンビニの袋を堂々と持って入れる」
人間はひとたび成功すると、もう一つ上のランクを目指したくなるもの。ホテルの例で言えば、シティーホテルや高級ホテルを意識し、ロビーの家具を豪華にしたり、シャンデリアをつけたりするなどだ。
西田氏もかつてレストラン付きのシティーホテルをつくったことがあった。だが、うまくいかず、「もう二度とやらない」と心に誓った。そして、宿泊客が東横インを選ぶ理由の一つに「全国どこでも同じつくりなのがいい」という声が聞こえ始めたとき、均一性を強く意識し出したという。
東横インはあくまで日常型ホテルにこだわり続けている。それが、宿泊客からの「コンビニの袋を隠さずに堂々と持って入れる」「気取らなくていい」という“評価”につながり、高いリピーター率を保っている理由だろう。
(この記事は、日経BP社『なぜか「クセになる」ホテル 東横インの秘密』を基に再構成しました)
・全5万室が同じ間取り
・毎朝、無料のおにぎりを提供
・ゴールデンウイークもお盆も値上げなし
・支配人の97・5%が女性
・「ガンダム風」と言われる制服 などなど
外観からロビー、客室、スタッフ、宿泊システムまで隅々まで考え抜かれた工夫がお客を呼ぶ!
ビジネスパーソンに人気のホテルの舞台裏には、顧客満足向上、収益力向上、生産性・モチベーション向上のヒントが満載。本書では、そんな東横インの様々な工夫、取り組みを徹底解説しています。
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