今、ちまたには安くて快適、リーズナブルな価格で宿泊できるビジネスホテルがたくさんある。だが、東横インが創業したおよそ30年前はそうしたホテルは皆無だった。

 かつて駅前に安い宿泊施設はあったものの、大抵の場合、部屋は狭く、洗面用具は置いていなかった。タバコ臭くて、暗くて、汚い。安かろう悪かろうというところがほとんど。

 そのイメージを払拭し、明るくて清潔、でも値段は手ごろで安心。そうした日本のビジネスホテルの文化をつくり上げたのが、東横インなのである。

ホテルはあくまで副業だった

 なぜ従来の概念に捉われない新しい発想と手法を大胆に取り入れられたのか。それは、そもそもホテルが本業ではなかったからだ。

 創業者の西田憲正氏は、東京・蒲田で父が戦後に創業した電気工事会社の後を継いだ。ただ、この事業だけでは頭打ちになると考え、始めたのがビルの企画・設計。事業は順調に伸び、自らビルを建てて所有するまでになる。

 そんなとき、幼なじみから「親の代からやってきた旅館をやめてテナントビルに建て替えようとしたところ、キーテナントが入らなくなって困った。何にすればいいだろうか」という相談を持ちかけられる。

 西田氏は仕事柄、ビルの工事を手伝うことがあり、設計の良しあしや建築の利回りの計算などが得意だった。そこで市場調査をしたり、立地条件を考慮したりして「やはりビジネスホテルが一番いいよ」と提案する。

 だが、その幼なじみはよほど旅館という商売に辟易していたのか、「朝から晩まで働き通しの旅館業はもうこりごり」と言う。

 そこで行きがかり上、西田氏が副業として始めたのがビジネスホテルだった。記念すべき1号店は東横INN蒲田I、52室でオープンした。西田氏が39歳のときである。

東横イン1号店の「東横INN蒲田Ⅰ」。当初、創業者の西田氏は「もしホテル経営がうまくいかなかったら、本業である電気工事会社の独身寮にすればいい」と考えていた