とかく人間は良いことも、悪いことも永遠に続くように思いがちですが、朝の来ない夜はないし、夜の来ない朝もありません。月の満ち欠けや潮の干満と同じ自然の摂理で、善悪は循環するものですが、させない方法があります。それは善悪を満喫しないこと、とらわれないことです。

 良いときには喜び、悪いときにはその中で良いことを探す。どんな最悪の中にも、それなりの最善があるものです。人生で起こる問題は、「どうにかなるもの」と「どうにもならないもの」の2つしかない。どうにかなるものはどうにかする勇気を、どうにもならないものは受け入れる冷静さを持てばいい。

 お釈迦様でも、難行苦行の末にたどり着いたのは「諦める」ことでした。物事の事情、理由を明らかにするか、断念するか。その分別は、人生を決める重要な分岐点です。その両者を識別する能力、叡智を磨くこともとても大切な秘訣です。

中途半端はせず、全力で生きましょうや

 明日は「明るい」「日」と書きます。字面で分かるように、太陽と月が合体したくらい明るい、目がくらむほど明るいのが明日なのです。

 あるとき、仏教系の学校で話をしたことがあります。僕は「あの世に極楽があるとか地獄があるとか言うているけど、あれは本当ですか」と質問したのです。みんな黙っていたから「うそなのか」って聞いたら、学生の1人が「あります」と答えた。

 「ほんなら極楽とはどういうところか」と尋ねた。すると、「きれいな花が咲いていて、気候が温暖で、何の悩みもないところらしい」と言うたから、「先生、包丁を1本貸してくれませんか。極楽があると思う人は一直線に並んでくれ。僕がすぐに極楽に送ってあげます」と言った。学生は逃げ回っとったよ。

 あの世に極楽があるかどうか、僕は行ったことないから分かりません。ただ僕はこの世は極楽だなとしみじみ思う。こんなにいいところはほかにない。

 人間は誰でもいずれ死にます。死へと向かう足音を聞いたことがありますか。心臓の鼓動や脈拍がその音です。これが止まったら一巻の終わり。足音を感じるたびに、悔いがないように生きたいと心から思います。

 一方で、僕は毎晩眠ることこそ、日々繰り返される死だと思っています。そして翌朝目覚めてまた生まれる。「ありがたや、今日も目が見え、手が動く」なのです。

 どっちみち、僕もみなさんもくたばりまんねん。中途半端に生きたって全力で生きたっていつかくたばる。だったら後悔のないようにしようや。せめて元気なうちは全力で生きましょうや。

 なんだかんだ言うても経営は真剣にやらないけまへん。社長が一生懸命にやっとることがね、社員の一番励みになりますねん。頭の良しあしなんか関係ない。ベストを尽くすこと。たったこれだけのことを言いたかったんですわ。みなさん頑張ってくんなはれよ。

(この記事は日経BP社『靴下バカ一代』を基に再構成しました。構成担当:荻島央江)

靴下専門店の全国チェーン「靴下屋」を一代で築いたタビオ創業者、越智直正氏の人生訓。15歳で丁稚奉公を始めてから60年、国産靴下に懸ける尋常ならざる熱情を語り、経営の王道を説く。『靴下バカ一代』は好評販売中です。詳しくはこちらから。