僕自身、自信はなかった。ただ僕がファッションに全く自信がなかったからこそ、婦人物靴下の世界で頭角を現すことができたと思っています。

 婦人物は一から勉強しましたが、知らないことがたくさんありました。分からないときは素直に取引先の仕入れ担当や小売店の販売員の女の子たちと打ち解けて、いろいろなことを教えてもらいました。

 「こんな商品を作りました」と持っていくでしょう。そうすると、「越智さん、ここはこういうふうに変えたほうがいいよ」と言ってくれます。「あんたの言うことがどんなものか分からん」と言うと、店中走り回って探してくれて現物を見せてくれますのや。

 僕は「はい、分かりました」と、その足で工場に行く。夕方終わる間際の工場に走るんだからね。工場長にたい焼きやたこ焼き、アイスクリームなんかを持っていきまんねや。それで工場長に「ちょっとすまんけど、やってくれ」と言うてね。

 すぐに向こうの指示通りに変えて、明くる日サンプルを持っていくんですよ。えらい速さで作ってくるものだから、みんな仰天しよった。それを続けるうちにいつの間にやら、うちが婦人物ではトップになっていたのです。

 アドバイスしてくれた人が、僕の味方になってくれたんですな。味方にしようという下心はなかったよ。ただ、その人が懸命に教えてくれるから、こっちも懸命にその人の言うことを聞きよっただけ。

「社長を見捨てられなかった」

 経営者は自分より賢い人間が好きじゃなかったらあきまへん。頭がいい人は、自分より頭のいい人が嫌い。だから意外とあほうが支配するようになってまんねん。世の中はよくできています。

 うちにも大学を出た頭のいい連中がいます。そのうちの1人、役員をしていた男がこういうことを言っていました。「本当は別の世界で生きたかった。でもうちの社長に会って、靴下の話を聞いて、僕はきっぱり自分の夢を捨ててしまった。僕は社長を見捨てられなかった」と。

 あほうはあほうなりに一生懸命やらないといけない。一生懸命やっていたら、賢い連中が集まってきて、何とかしてやろうと言ってくれるのですよ。

(この記事は日経BP社『靴下バカ一代』を基に再構成しました。構成担当:荻島央江)

靴下専門店の全国チェーン「靴下屋」を一代で築いたタビオ創業者、越智直正氏の人生訓。15歳で丁稚奉公を始めてから60年、国産靴下に懸ける尋常ならざる熱情を語り、経営の王道を説く。『靴下バカ一代』はただいま予約受付中です。詳しくはこちらから。