口コミで年間150社以上の新規顧客が集まる、人気抜群の会計事務所が東京・江戸川区にある。その代表社員、古田土満氏が勧めるのが、経営計画書の作成だ。会社と社員の明るい未来像を経営計画書の中に具体的に描き、社長が社員にその実現を約束することによって、社員が高いモチベーションを持って仕事に取り組む、いい社風の会社に変えることができるという。連載第2回は、社員の手本となり、会社を引っ張る社長のあり方について語る。
古田土会計の34年の歴史の中で2度、事業が継続できなくなるのではと思ったことがあります。
最初は、開業後5年目のことです。社員が定着しないので人材の育成に自信がなくなり、友人の会計事務所と合併することにしました。私が営業、友人が人の管理と役割を分担することにしたのですが、現専務以外の社員が全員、社交性のある友人の会計士のほうについてしまい、合併して6カ月後に解散しました。
2度目は、7年目に起こした交通事故です。
社員が十数人の頃で、確定申告も終わり社員の慰労のために東京・秋川渓谷に花見がてらバーベキューに行ったときに、1台の車が事故を起こしました。
車は社員が運転していました。乗っていた4人のうち、2人は当日がヤマですと医者に言われました。結局、命は助かったものの障害は残りました。
私と専務が事故の対応に追われ、4人が入院しているときに社員が辞めていきました。会社の将来に見切りをつけられたのでしょう。
このとき、事故を理由に、会社をつぶしてはいけないと心に誓いました。
後に経営理念に「一生、あなた(社員)と家族を守る」と書きました。
こだと・みつる 法政大学卒業後、公認会計士試験に合格。監査法人にて会計監査を経験し1983年に古田土公認会計士・税理士事務所を設立。企業の財務分析、市場分析、資金繰りに至るまで徹底した分析ツールを武器に様々な企業の体質改善を実現。中でも年商50億円、従業員100名以下の中小企業オーナーに絶大なる信頼を得ている。著書に、『社員100人までの会社の「社長の仕事」』(かんき出版)など
「後ろ姿」で社員を引っ張る
会社で一番大切なのは「社員とその家族」、2番目は「お客様の社員とその家族」と言い続けています。
そのためには急成長ではなく、安定成長し、会社をつぶさないことです。古田土会計は階段を一段、一段コツコツと上るような経営をしてきました。
・借金をしない。
・資産はお金で持つ。
・株・不動産は持たない。
・本業以外やらない。
・凡人なので人の数倍働く。
・個人でも質素な生活をする。
前述した合併の失敗からも学びました。
私の人格では、人を引っ張れません。そこで経営計画書を作成し、そこに記入した経営方針を先頭に立って実践することにしました。
実践している私の「後ろ姿」を見せることによって、全社員が価値観を共有して、明るく、元気で、使命感に燃える職場をつくり、社員が安心して働ける会社にしようと心がけています。
会計事務所として果たすべき役割は何かと考えたとき、それは社員の幸せとお客様の幸せを通して社会貢献をすることではないか、と思い至りました。
お客様の中で、一番困っているのは中小企業の社長と社員です。
一番大変な思いをしている中小企業がよくなる方法は何か。全ての中小企業がよくなる可能性のあるものは何か。それは経営計画書を作ることだ、と私は考えています。
経営者が経営理念を作り、あるべき未来像を掲げ、方針を打ち出し、それを経営計画書に書き込む。全社員が一丸となってその目標に向かって努力すれば、会社はよくなります。
実際に古田土会計で経営計画書を実践している姿をお客様に見ていただき、お客様が実践して経営がよくなり、お客様からほめられたり、感謝の言葉をいただいたりする。お客様の幸せが古田土会計の社員の人間性を高め、幸せにします。
古田土会計に社長室はない。入口の目の前に古田土氏の机があり、顧客を率先して出迎える
社長室なんていらない
お客様の手本となるべく、古田土会計がやっていることを紹介しましょう。
(1)早朝出社
私は創業から20年間は朝6時に出社し、帰りは夜10~11時の間、休みは月に2日くらいでした。経営者が働く時間を長くすれば、お金を使うひまがないのでお金はたまります。今は朝7時出社です。帰りは夜8時です。
(2)経理の公開
パートさんを含めた全社員に貸借対照表、損益計算書を渡し、経営計画書に記入してもらっています。私が公私混同をしないためです。私の給料も社員に公表しています。自分だけよくなればいいと考えないようにするためです。社員と家族の幸せが、会社の使命です。
(3)社長室はない
私に社長室は必要ありません。ほとんど自分の席にいることはなく、お客様の会社に行っているか、会議室でお客様と打ち合わせをしています。私の席は入り口の受付の隣です。お客様が来られたら、すぐに挨拶に出ます。お客様が帰るときも、すぐに対応できます。
社長室がない分、社員の執務面積が広くなり、会社全体の動きも見えるので効率的であり、社長室に高価な絵や応接セットも必要ないのでお金がたまります。
(4)保証金が300万円のみ
600坪のオフィスを借りていますが、保証金は300万円のみです。保証金は資産計上でお金が固定化されるうえに費用にもならないので、お金の無駄です。
私はオフィスを借りるときに、保証金ゼロと更新料ゼロを条件に入居しました。保証金の分、自由に使えるお金がたまっています。お金は使い方であると思っています。その後、借り増しするときに保証金は積みましたが、更新料ゼロは現在も続いています。
私ども古田土会計を含めて、中小企業は、大きくなることよりつぶれないことが大事です。経営のコツは、コツコツやることです。
大企業では、財務部で資産運用がなされています。サンリオの投資失敗やヤクルト、メリーチョコレートカムパニーのデリバティブ取引の失敗は、有名な話です。メリーチョコレートの場合は、ロッテに株式を譲渡し子会社になってしまいました。
中小企業では、金融商品や不動産への投資の失敗は命とりになります。
私はお客様からの投資話に関する相談では、決まってこのように話をしています。
「もしこの投資をしなかったことで儲けられなかった悔しさと、この投資をして失敗した場合の後悔とを比較して、経営者としてどちらが正しい選択ですか?」
ほとんどの経営者は、うまい儲け話に乗るのをとどまってくれます。
社長が株や不動産で儲けても、社員は喜ばない
お金は、増やすものではなくためるものです。
私は今まで会社で土地・建物を買ったことはなく、株取引もしたことがありません。お客様とのつきあいで、少人数私募債やその会社の株を買ったことはありますが、本業のみでお金をためることを心がけてきました。
理由は社員の目です。社員がどう思うかということを一番気にしているからです。
私は、社員から尊敬される経営者になろうと努力しています。社員は使用人ではなく、パートナーです。パートナーである社員に堂々と説明できる経営をしなければなりません。
社長が株や不動産に投資をして儲けても、喜ぶ社員はほとんどいません。不安になるだけです。
反対に失敗すれば、社員が一生懸命働いて稼いだ利益を全てなくします。それで賞与が減ったりしたら、会社で一番大切な信頼がなくなります。
不況や本業の失敗はむしろ全社員の結束力を高め、会社の成長の源になりますが、投資の失敗は命とりになります。
お金を貯めるには本業で売り上げを稼ぎ、経費を倹約して利益をお金で残すことしかないのです。
(構成:菅野 武、編集:日経トップリーダー)
著者、古田土満氏の新刊を発売しました
著者自身が経営に取り入れている、社長と社員が目標に向かって一丸となる経営計画書の作り方と、その実践方法についてまとめた新刊書『ダントツ人気の会計士が社長に伝えたい 小さな会社の財務 コレだけ!』を発売しました。財務のどこに手を打てばいいのかが分かる未来会計図、利益の出し方とお金の残し方が分かる月次決算書など、著者が長年の経験からつくり上げた小さな会社のための財務ツールについても丁寧に解説しています。詳しくはこちらから。
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