口コミで年間150社以上の新規顧客が集まる、人気抜群の会計事務所が東京・江戸川区にある。その代表社員、古田土満氏が勧めるのが、経営計画書の作成だ。といっても売り上げや利益の目標を羅列するだけのものではない。会社と社員の明るい未来像を経営計画書の中に具体的に描き、社長が社員にその実現を約束することによって、社員が高いモチベーションを持って仕事に取り組む、いい社風の会社をつくることができるという。経営計画書を使った会社運営の要点を古田土氏が語る連載の第1回は、経営計画書がなぜ必要なのか、その意義を説く。
こだと・みつる 法政大学卒業後、公認会計士試験に合格。監査法人にて会計監査を経験し1983年に古田土公認会計士・税理士事務所を設立。企業の財務分析、市場分析、資金繰りに至るまで徹底した分析ツールを武器に様々な企業の体質改善を実現。中でも年商50億円、従業員100人以下の中小企業オーナーに絶大なる信頼を得ている。著書に、『社員100人までの会社の「社長の仕事」』(かんき出版)など
私ども、税理士法人古田土会計は、社員181名、顧問先2200社、2016年12月期の売上高15億8000万円、経常利益3億6000万円、無借金経営で自己資本比率90%の会計事務所です。営業活動をしなくても口コミだけで、年間150~200件の新規顧客を獲得し続けています。今年で開業35年目ですが、34期連続増収を続けています。
お客様満足度が高く、その結果としてご紹介数が多くなっているのは、「古田土式」と名付けた独自の月次決算書と経営計画書を自分の会社でも実践することによって、社員のモチベーションが高い会社をつくることができているからと自負しています。もちろん、お客様にも経営計画書の作成をお勧めしています。
どんな優れた経営戦略も、社員が実施しなければ絵に描いた餅
よい経営を実現するために、なぜ経営計画書が必要なのでしょうか。
最も大切なのは、この「なぜ経営計画書が必要なのか」を経営者がきちんと理解することなのです。
国税庁による「2015年度の法人税の黒字申告割合」によると282万5000社中、黒字企業は32.1%しかありません。一方、古田土会計のお客様のうち、経営計画書を作成されている358社中、82.0%(293社)が黒字です。
経営計画書を作ると絶対に儲かるとは言い切れませんが、黒字になる確率が高くなります。それは人間というものは、目標があると、それに向かって努力するという不思議な動物だからです。
また、私たち古田土会計があるテレビ番組に取り上げられたとき、経営計画書の中に入っている「経営方針書」の通りに、社員がルールを徹底的に守っていることにコメンテーターの皆さんがびっくりされていました。古田土会計の社員が元気で明るく、よい社風なのは経営計画書のおかげだと自信を持って言えます。
経営者が立てた戦略・戦術を実施するのは社員です。社員が実施しなければ、どんな優れた戦略、戦術でも役に立ちません。絵に描いた餅です。戦略・戦術を社員に実施させる道具が、経営計画書なのです。経営計画書の中で経営者の方針を書き、その方針通り実施されているかどうかをチェックすることによって、方針が実施されて成果が出せるわけです。
経営計画書と言うと、売り上げ目標や利益目標、予算など、数字の羅列をイメージする方もいらっしゃるかもしれません。
経営コンサルタントの一倉定先生は、「数字目標は仏であって魂ではない。仏を作っても魂を入れないのでは生命を持たない。経営方針が経営計画の魂なのである」(『一倉定の社長学 経営計画・資金運用』日本経営合理化協会出版局刊)と言っておられます。
数字のみの経営計画書は仏作って魂入れず
古田土会計では、毎年1月11日に自社の経営計画発表会を行っています。今年は、お客様と社員で合計780人が参加しました。毎回、感動と感謝に満ちた発表会になっています。
古田土会計の経営計画書の目次。18ページからの「社員の未来像」で社員の処遇と未来像について明記し、その実現を約束する
経営方針の中で特に重点的に発表したのは、社員の処遇と未来像です。
- 高給与を実現する(東京の同業者の10%高を目安)
- 時短をする(全社員が遅くとも夜8時までには退社する)
- 終身雇用制とする
- 定年は65歳とする(定年後は嘱託として1年契約で70歳まで、その後はパート嘱託で80歳まで勤務可能)
こうした具体的なことを、経営計画書の中で社員に約束しました。
多くの中小企業の社長は、経営計画で自分の夢や会社の夢は語りますが、社員の処遇や未来を語りません。自分中心の経営計画です。社員を幸せにしたいという思いは皆持っているのに、表現のしかたが悪いために社員に伝わりません。
私はよく、中小企業の社長にこう言います。
「社長は誰に向かって話をするのですか? 誰に協力してほしいのですか? 当然社員ですよね。それなら、なぜもっと社員が未来に夢や希望を持てる、社員が喜ぶ経営計画書を作らないのですか?社員が喜ぶ発表のしかたにしないのですか?」と。
経営計画は、社長と社員、両方の夢の実現のために作るものです。最も大切なのは、それを具体的に描く、経営方針書なのです。
ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズの著者である、法政大学大学院の坂本光司教授が、ある論文の中で社員のモチベーションについて書いていらっしゃいます。
その主旨は、「人事制度や給与制度はほとんど社員のモチベーションに影響を与えません。影響するのはリーダーの人格です。経営者や上司への信頼が薄れた時に、最もモチベーションが低下することが判明しました。どんな制度をつくるかではなく、どんなリーダーがいるかが大事なのです。経営者が自分自身を変えず、自分以外のものをいくら変えても会社はよくなりません」というものでした。
社員のモチベーションが低いのは、社員の責任ではなく経営者の人格にある。そうと分かれば、経営者は人格を高めればよいわけです。
経営者とリーダーは人格を磨け
では、人格を高めるにはどうすればよいのでしょうか?
中小企業の経営者で、自分は人格が高いと思っている経営者はほとんどいないのではないかと、個人的には思っています。みんな自分の人格が低いために失敗をし、社員に迷惑ばかりかけていると反省しているのではないでしょうか。私も毎日、反省ばかりしています。もっと準備をしっかりしていればよかったと実力不足を痛感することが多々、あります。
来客は古田土所長以下、全員が立って挨拶して迎える。整理、整頓、挨拶、言葉遣いなど環境整備に力を入れている
ただ、経営者、リーダーは自分では人格が低いと思っていても、社員やお客様などの関係者から人格が高いと尊敬されればよいのではないでしょうか。すなわち、自分がどう思っているかではなく、他の人からどう思われているかが大事なのではないでしょうか。
他人から人格が高いと思われる方法、また、自分自身の人格を高める方法として、私は経営計画書の経営方針書に、すばらしい未来像を描くことを勧めています。
目標とする会社の未来と社員の未来をしっかり描くのです。書いた以上、社長自身もそこに向かって具体的な努力をしないわけにはいきません。まず宣言し、それに向かって努力する「有言実行」です。社員がそれを読んで、「社長はそこまで自分たちの将来を考えてくれているのか」という内容を書けば、社員は社長を尊敬し、信頼して、ついてきてくれます。
さらに個別方針では、整理、整頓、清掃、躾、作法、挨拶、言葉遣いなど社内の環境整備に力を入れると宣言します。これを社長が先頭になって実践していけば、間違いなく社長の人間性が向上し、尊敬される人格になれるのではないでしょうか。
向上していく社長の後ろ姿を見て、社員は経営方針書に書かれていることの本気度を感じとり、その方針に協力し、社員自身も変わり、社員のモチベーションが高まるという好循環につながっていきます。
古田土式経営計画書は社長が変わり、社員のモチベーションが高まる、まさに魔法の書なのです。
(構成:菅野 武、編集:日経トップリーダー)
著者、古田土満氏の新刊を発売しました
著者自身が経営に取り入れている、社長と社員が目標に向かって一丸となる経営計画書の作り方と、その実践方法についてまとめた新刊書『ダントツ人気の会計士が社長に伝えたい 小さな会社の財務 コレだけ!』を発売しました。財務のどこに手を打てばいいのかが分かる未来会計図、利益の出し方とお金の残し方が分かる月次決算書など、著者が長年の経験からつくり上げた小さな会社のための財務ツールについても丁寧に解説しています。詳しくはこちらから。
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