ここ最近の非常に強い台風による被害が、企業の業績に影響を及ぼしている。西日本旅客鉄道(JR西日本)は10月29日、2019年3月期の連結純利益を従来予想の1110億円から14%減となる955億円に引き下げた。日本ハムも同日、同期の連結純利益を従来予想の320億円から15%減となる230億円となる見通しを示した。
JR西日本は7月に西日本を襲った豪雨災害からの復旧費用として215億円の特別損失を計上。日本ハムも、食肉相場の下落や飼料価格の上昇に加え、9月に日本を襲った台風21号や、北海道地震による停電などの影響で出荷できない在庫の評価損が発生する事態となった。
世界各地で、大雨や高温などによる気象災害が続いている。年々猛威を増す台風などの気象災害が、企業にとって大きな経営リスクとして存在感を増している。日本では7月、西日本を中心に全国の広い範囲を記録的な豪雨が襲った。広島県や岡山県の一部地域で河川の氾濫や土砂崩れに見舞われるなど、甚大な災害を引き起こし、企業のサプライチェーンでは復旧や本格稼働に至っていないケースもある。
こうした気象災害を引き起こしている要因と考えられるのが気候変動である。気候変動が進行して年月を経るにつれ、豪雨や干ばつといった災害が頻発したり、激甚化したりすると予測されている。今後、豪雨で氾濫した河川が工場に浸水して生産停止を余儀なくされたり、原材料の供給が滞ったりして、収益減に陥る企業が増える恐れがある。ある英国の機関投資家は、「将来は、気象災害を理由に業績を大きく悪化させるのは経営者の怠慢とみられるかもしれない。気候リスクの織り込みを考慮すべきだ」と話す。
今、機関投資家などが企業に対し、将来の気候変動がビジネスに及ぼすリスクの分析と情報開示を求めている。
その代表例が、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」だ。TCFDは、気象災害の頻発によってビジネスに及ぶ影響を「物理的リスク」と呼ぶ。物理的リスクを把握するには、世界の気象学者の研究成果を集約する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が示す数十年先の予測などに基づき、自社や供給先の工場、原料生産地の被害予測を知ることが鍵になる。だが今、入手できる将来の気象予測の情報はそう多くはない。
拠点の洪水リスクが分かる
MS&ADインシュアランスグループ ホールディングスと傘下のMS&ADインターリスク総研、芝浦工業大学、東京大学は、気候変動による洪水リスクを推計して情報提供するプロジェクトを始めた。その一環として、今世紀末頃の大規模な洪水頻度の変化を図示した地図(マップ)をインターネットで一般公開した。
一般公開された「気候変動による洪水頻度変化予測マップ」。IPCC「RCP8.5シナリオ」の通りに気温が4℃上昇した場合に2100年における世界の河川流域における洪水の起きやすさを予測。青いほど大規模洪水の発生頻度が増え、赤いほど頻度が減る
提供:芝浦工業大学 平林由希子教授
洪水リスクの将来推計は、プロジェクトに参加する芝浦工業大学の平林由希子教授と東京大学生産技術研究所の山崎大准教授が2013年にまとめた研究成果がベースになっている。
この研究成果は、2013~14年発表のIPCC第5次評価報告書に掲載された。TCFDなどが気候リスクの把握を企業に求める中、平林教授や山崎准教授に、第5次評価報告書に掲載された予測の詳細を教えてほしいという声が世界中から寄せられていた。
一般公開したマップは、IPCCが示す複数の将来シナリオのうち今世紀末の平均気温が産業革命前と比べて4~5℃上がるシナリオ(RCP8.5)に基づいている。大規模な洪水が発生する頻度がどれだけ高まるかがひと目で分かる。例えば、工場の近くにある河川の流域で洪水が発生するリスクを確認できる。マップはユーザー登録すれば無料で閲覧できる。
今後、洪水リスク推計の精度を上げていく他、気候変動と洪水リスクの関係を明らかにする研究を進める。MS&ADインターリスク総研は、洪水頻度の変化や他の水災害リスクの予測を基に、企業の海外拠点に及ぶ物理的リスクのコンサルティングも行う。
水需給の実態を調査
MS&ADインターリスク総研は他に、企業向けに国内外の拠点がどの程度の水リスクを抱えているかを評価するサービスも提供している。
工場などの拠点における現在の水需給のひっ迫度(水ストレス)や、周辺地域を流れる河川水量の変化、枯渇のリスクを評価する。上図はある地域の現在と、RCP8.5シナリオの下で気温が上昇する場合の、2040年における水ストレスを示す。
分析には、国連環境計画 世界自然保全モニタリングセンターなどが開発した、雨水浸透量や河川流量の予測ツール「Water World」を使う。気候変動などの予測モデルを基に将来の河川流量などを予測できる。
この調査では、対象となる拠点周辺の水源地にどれだけの雨水が浸透するかといった詳細な分析により、将来の河川の水量を予測する。他の評価サービスでは情報の精度が粗く、高い水リスクにさらされていると評価された地域も、同社が詳細に調査したところ、リスクが高くないことが判明したケースもあった。
他にも同社は水質汚濁のリスク評価サービスなどを提供している。TCFDは、将来における水の利用可能性や調達、水質の変化も、気候変動による物理的リスクの1つと捉えており、「TCFDに賛同する機関投資家が、水使用量の多い業種に対して水リスクの分析と開示を求めるケースも出そうだ」と、MS&ADインターリスク総研リスクマネジメント第三部環境・CSRグループの寺崎康介上席コンサルタントは話す。
TCFDはこうしたリスク分析を基に、リスクを抑え、回避する経営戦略の策定を求めている。企業向けの気候リスク対策を支援する様々な情報サービスの提供が始まりそうだ。
■ 地下水への雨水浸透量を精査し、水リスクをきめ細かく分析
現在の雨水浸透量(左)の赤線は河川。現在の雨水浸透量と、IPCCの「RCP8.5シナリオ」の環境下における2040年の雨水浸透量予測(右)では、地下水への雨水の浸透量が20%近く低下する。結果として、下流域の年間河川流量が約10%(260万m3)減ると予測された
提供:Water World
本記事は、「
日経ESG」2018年11月号(10月8日発行)に掲載した内容を再編集したものです。
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