「世界で売る日本の乗用車をすべて電動車にする」。経済産業省が7月24日に開いた、自動車メーカー首脳や有識者が参加する「自動車新時代戦略会議」は2050年の世界における日本の乗用車販売をすべて電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)などにする目標を定めた。その後、7月27日には世耕弘成経済産業大臣が、国内における発電効率の低い小規模石炭火力発電所の新設を規制していくとの方針を記者団に明かした。
世界の産業が、自動車などエネルギーを消費する機器の電化と、エネルギー効率の改善を、競争力の源泉と捉えるようになった。そしてそこに供給される電力は、CO2排出量が少ないか、いずれ「ゼロ」にすることが求められるようになった。日本の自動車業界や行政も、この動きに乗り遅れまいというわけだ。
背景には2015年に世界190カ国超が合意した「パリ協定」がある。国際的に協調してCO2など温室効果ガスの排出量を長期にわたって大幅に減らし、地球温暖化を防ごうという条約だ。この合意を経て、欧州を中心に社会や経済のシステムをCO2排出の少ない「低炭素型」に変え将来は「脱炭素型」へ向かおうという動きが強まった。
これに先立って、7月3日には第5次エネルギー基本計画が閣議決定された。同計画は、国内外の情勢を踏まえ、中長期も見据えながら日本のエネルギー政策を方向付けるものだ。
CO2排出量の少ない電力を実現する鍵を握るのは、発電時にCO2を排出しない再生可能エネルギーと原子力発電だ。同時に、火力発電は徹底的に高効率化して化石燃料の消費を抑える必要がある。特に石炭火力は現在、安定的に安価な電力を供給できるベースロード電源として大きな役割を担う反面、CO2排出量が多いため、かじ取りが難しい。
第5次計画は、これらの電源を生かしながら、どのように世界の「低炭素化」「脱炭素化」と足並みをそろえるかが、分かりづらい内容となっている。世界のエネルギー転換の実情を踏まえ、日本の新方針をどう解釈すればよいか。温暖化対策の国際動向に詳しい名古屋大学の髙村ゆかり教授に聞いた。
名古屋大学 教授 髙村 ゆかり氏
(写真:中島 正之)
第5次エネルギー基本計画をどう評価する。
髙村:第5次エネルギー基本計画は脱炭素化の観点で、重要なメッセージを示した。1つ目は、再エネを「主力電源」にするということ。2つ目に、原子力を「脱炭素の選択肢」と位置付けた。原発を選択肢として生かすには、前提として地元の同意と安全性の確保が要る。再稼働を見通せないなか、今は再エネに注目している。
再エネ「主力電源化」なら将来の規模明確に
2016年度の再エネ比率は14.5%だった。国民負担の問題が膨らむものの、再エネ発電事業者が地道に事業を広げれば2030年度の再エネ比率である22~24%は手が届く水準だ。
再エネが抱える様々な課題を克服し、強化する意思が「主力電源化」という文言に込められた。これをポジティブに評価している。我が国の2030年度における温室効果ガス削減目標の達成も左右する。再エネ比率の確実な達成が必要だ。
とはいえ、基本計画の内容には課題もある。市場は将来における導入の明確な規模感を求めている。単に「再エネは重要な電源」などと国が言うだけでは経営者や投資家は納得せず、投資をためらう。
太陽光発電の導入はかなり進んだ。次はリードタイム(設備を設置して発電を開始するまでの時間)の長い地熱発電や風力発電の番だ。しかし、第5次計画は風力や地熱の規模として具体的な見通しに欠けた。固定価格買い取り制度(FIT)など政策支援から独立するにはコスト低減が不可欠。そのためには、将来の規模に関する具体的な見通しがある方が、投資や事業者の努力につながるだろう。
正直なところ資金を貸す民間金融機関の投資リスクを下げないと、再エネは投資対象になりづらい。政策措置や規制緩和によりリスクを減らして投資環境を整えないと、導入は拡大せず、コストは下がらない。
火力発電に関する記述が注目された。
髙村:脱炭素化を巡って我が国には、石炭火力の問題がある。
まず、第5次計画の石炭に関する記述のうちポジティブに評価できる点を挙げよう。国民から意見を聴取した5月時点の計画案は、高効率火力の推進に触れる程度だった。その後、意見聴取を踏まえて閣議決定した計画には、踏み込んだ内容が加わった。
石炭火力発電設備の輸出について、経済協力開発機構(OECD)の合意に基づき「世界最新鋭である超々臨界圧(USC)以上の発電設備」ならば導入を支援し、それ以外は国の支援対象外というメッセージだ。世界の脱炭素化に向けて踏み込んだ、今までにない記述であると評価する。
石炭火力の量的コントロールを
ただ、国内における石炭火力発電には踏み込めなかった。これでは、2030年度の温室効果ガス削減目標を達成できるかどうか、不安が増す。だが、第5次計画には、この不安を解消するような対策が明確ではなかった。
既存の新設計画に対し、既に金融機関の投融資が付いていることへの配慮もあろう。しかし、日本社会全体でみればCO2排出量を増やす要因となり、経済的メリットは低い。
脱炭素は長期の時間軸で取り組むことなので、今すぐ既存の石炭火力をすべて停めよと言うつもりはない。だが、新設設備の規模の制限や、老朽設備を廃止し高効率設備を新設して代替するほか、国内における発電容量を管理するなどの方法が考えられる。
我が国の電力小売事業者は、エネルギー供給構造高度化法の下、2030年度における販売電力量の44%を再エネや原子力といった非化石電力にすることが義務付けられている。国はこの非化石比率を達成するため、2030年度より早い時期を目途に中間目標を設定することを電力会社に求めており、これには期待している。
そして、残る56%に当たる火力でも、非効率な石炭火力の高効率化やフェードアウト(段階的廃止)が必要だ。大手電力と新電力の有志企業は2015年、低炭素社会実現のための自主的枠組みを構築し、低炭素社会実行計画を策定した。この枠組みにおいて有志の企業は、エネルギーミックスの実現に加え、火力発電の新設時に最良の技術(BAT)を採用すると表明した。だが、BATの定義が明確でない。超々臨界圧型でなければダメか、単に高性能なら採用してよいかの線引きをすべきだろう。
髙村:自由化された電力市場の下で新規参入した電力小売事業者が、競争力が高く、規模の大きな電源が欲しい事情も理解できる。既に電源を保有している大手電力10社と新電力が、脱炭素化を念頭に事業を展開できる公正な競争環境の整備も必要であろう。
非効率な石炭火力が立地し始めたら歯止めが効かない。一度、融資が付いてしまえばプロジェクトを中断させられないだろう。その前に手を打つべきだ。
日本企業に適正な評価を
世界には、低炭素化を一気に加速しようという国もある。
髙村:民間の動きには変化の兆しもある。多くの人が今、気候の変化を肌で感じているだろう。これ以上の気温上昇を招かぬよう、温暖化対策の必要性が実感されつつある。気候変動は、損害保険の支払額が増加する要因とも指摘されている。
世論では、先進国は2030年ごろに石炭火力を段階的に手放し、2050年に途上国を含む世界でフェードアウトしようとの論調がある。これに呼応し、国内外の金融機関や保険会社が、与信方針を変更するとの発表も相次ぐ。今、石炭火力に新規の融資を付けようにも、説明が付かないという感覚が、金融界に芽生えている。
既に融資が確定している石炭火力建設計画から融資を引きはがすことはないにせよ、今、新たな事業案件が持ち込まれたとして融資する必然性があるだろうか。
昨年、基本計画を見直す審議会の初回に配布された資料に込められたメッセージが印象的だった。この数年における世界情勢の変化を述べたもので、脱炭素化に向けて国際的な競争が加速していることや、金融業界の台頭などに触れていた。これらの情勢変化にどう対応するか、次の第6次計画で踏み込んでほしい。
国外で再エネがこれだけ安くなった。欧州も中国も、自国の資源に加えて再エネも生かし、エネルギー自給率を高めつつある。エネルギー資源の海外依存度を下げることは価格や供給量の変動による国内産業への影響を抑えられる。エネ庁(資源エネルギー庁)の資料には、このままでは日本の産業を取り巻く環境が他国に後れを取るとの懸念が背景にあったとみている。
加えて金融機関がESG投資に移行し始めたことで、日本企業も脱炭素社会の到来に耐えられる企業かどうかが評価されるようになった。この評価に耐えるには、低炭素エネルギーを安く調達できる環境が必要だ。日本のエネルギーシステムが低炭素化、脱炭素化することは、産業にもプラスのインパクトがあるだろう。
米アップルなどは事業における電力消費の100%を再エネで賄う考えだ。日本企業は国内で低炭素型の電力を安価に調達しづらいばかりに、世界の産業サプライチェーンにおいて評価されなくなる恐れもある。
髙村:昨年、気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)で、ある海外の投資家が「日本の企業は価値を向上させる努力がみられ、温暖化対策でも成果を上げている。しかし、調達できるエネルギーが限られるため、CO2の高排出企業とならざるを得ず、企業価値を損ねている」と話した。国のエネルギーシステムが変われば、日本企業は省エネやCO2削減の努力に見合った評価が得られる。
今後、サプライチェーンの電力需要のすべてを再エネで賄おうとする米アップルなどの企業が、調達先や工場立地を選択するとき、使えるエネルギーに注目するようになる。日本もこれに応えられるようにエネルギー政策で導くべきだ。
日本企業は、低炭素技術の開発で世界をリードしてきた。次に必要なことはエネルギーシステムの転換だ。日本の企業が適正な評価を受けられるエネルギーシステムに変革しなければならない。これは既に、市場の周辺の出来事ではなく、既に主流化したことである。
本記事は、「
日経ESG」2018年9月号(8月8日発行)の内容を再編集したものです。
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