次長課長の河本準一さん、品川庄司の庄司智春さん、和牛──。よしもとの人気お笑い芸人が参加するイベントが、今年8月に北海道札幌市で開催される。その名も「SDGsウォーク2018」。「SDGs」は、国連が2015年9月に採択した世界が共通して取り組む2030年の目標で、環境や健康、人権といった社会課題の解決を目指すものだ。吉本興業は昨年からSDGsのPR活動を全国で展開しており、今回のイベントもその一環だ。昨年も同じ北海道のイベントで「SDGs-1グランプリ」を開催している。芸人がSDGsの目標を即興でネタに取り入れ、誰が一番メッセージを伝えられたかを競い、来場した子供たちにも分かりやすくPRした。
その吉本興業が、今度はビジネスで社会課題を解決しようとしている。既に、社会事業を手掛ける新会社ユヌス・よしもとソーシャルアクション(yySA)を設立した。ノーベル平和賞受賞者で社会事業家として知られるムハマド・ユヌス氏と提携し、その知見を生かす。バングラデシュ生まれのユヌス氏は、グラミン銀行を創設し、主に農村部の貧困層を対象にした無担保小口融資「マイクロクレジット」を実施するなど、様々な社会事業を手掛けている。
3月に東京都内で開催された設立記念イベントに姿を見せたユヌス氏は、「地元の人にも知恵を絞ってもらい、地元発信の解決策を一緒に見いだすことが大事だ。よしもとの芸人のパワーを生かして社会課題を解決する。様々な手法を用いることは、他の国にもヒントになる」と語った。
新会社ユヌス・よしもとソーシャルアクション(yySA)の設立記念イベントで、高齢化問題をテーマに漫才を披露するお笑いコンビの銀シャリ(写真:鈴木 愛子、以下同じ)
よしもとの芸人の力に期待する社会事業家のムハマド・ユヌス氏
「住みます芸人」が課題を拾う
お笑いの吉本興業がなぜ社会事業に参入するのか。1つには、芸人が活躍できる場を広げる目的がある。同社には約6000人の芸人がいる。ほとんどが東京や大阪に集まっているが、人気者になれるのはほんの一握りだ。競争が激しい東京では活躍の場が得られなくても、笑わせる能力を持つ若手芸人はいる。一方で、若者が東京に集中することで地方では様々な課題が生じている。
芸人の力を生かして地域を元気にできないか。吉本興業が2011年に始めたのが、「あなたの街に“住みます”プロジェクト」である。全国47都道府県に移住し、コミュニティーの活性化に貢献する「住みます芸人」と社員を派遣。開始から7年間で全国に120人を超える「住みます芸人」が移住した。例えば、自治体と連携し、観光プロモーションや移住促進といった地域の活性化に貢献する約800の事業を手掛けている。このほか、地域の魅力を発信する映画を80本以上制作し、地元の人たちを主役にした劇団を約60団体旗揚げした。
地元のテレビやラジオでレギュラー番組を持つ「住みます芸人」もいて、レギュラー番組の数はテレビやラジオ、ケーブルテレビなど全国で200本を優に超える。お笑いのライブを開催すれば1万人もの観客を集める人気者も登場しているという。3年前からはタイやインドネシアなどアジアの6つの国・地域でも活動を展開中だ。
今回、この「住みます芸人」が吸い上げた課題の解決に当たる。約300挙がった課題の中から、特に声が多かった「高齢化」「過疎化」「人手不足」の解決にまず取り組む。
吉本興業エリアプロジェクト統括担当の泉正隆取締役は、「昨年始めたSDGsを広める活動や、今回のyySAによって、社会課題の解決に向けてスタートアップ企業の方々とタッグを組み、持続可能な形で楽しみながら地域社会の役に立ちたい」と話す。
ソーシャルビジネスを大衆化
新会社のyySAは、社会事業のプロモーションの他、課題を抱える地域とスタートアップ企業を引き合わせるマッチングやファンディング、コンサルティングなどを手掛ける。
yySAの小林ゆか社長は、「エンターテインメントの手法を使って、(ユヌス氏が提唱する)ユヌス・ソーシャルビジネスを大衆化し、カルチャーにする。普通の主婦やOL、おっちゃん、おばちゃんが、ユヌス・ソーシャルビジネスをする人たちの商品やサービスを選ぶことでその事業を応援できる。(アイドルグループの)AKB48のファンがCDを買って『推しメン』を応援するようなイメージだ」と話す。
「住みます芸人が日々暮らす中で自分事としてぶつかった課題と、スタートアップ企業が取り組んでいる新しい未来からのアプローチをマッチングすることで、社会の課題を解決できるのではないか。そういう思いで具体的な向き合いの場づくりを始めることにした。少し困ったことがあっても笑い飛ばすパワーがあれば、吉本新喜劇のように人が集まってくるし、社会も場面転換を起こせるのではないか。当事者もそうでない人も皆が一緒に演者になるソーシャルアクションという形の新しい興業を考えていきたい」(小林社長)
100社に計3億円を出資
社会課題を解決するスタートアップ企業に資金を提供するファンド「yySAファンド」も立ち上げる。ビジネスプランコンテストを実施して、優れた提案をした100社に300万円ずつ出資することを検討中だ。
設立記念イベントの会場には、約30社のスタートアップ企業が集まった。独居老人やシャッター商店街といった社会問題をどうしたら解決できるかについて議論を展開。例えば、シャッター商店街に人を集めるために、シャッターをスクリーンにして映画祭を開催する、シャッター商店街をサバイバルゲームに活用するといった様々なアイデアが会場から挙がった。
120万部超を売り上げベストセラーとなった『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話(通称ビリギャル)』の著者として知られる坪田塾塾長の坪田信貴氏も参加。「芸人さんはコミュニケーション能力が長けているので、ビジネスをするとうまくいくことが多い。成功してIPO(新規株式公開)などをすればファンドはお金を回収でき、それをまた新たなビジネスに投資できる」と期待する。
SDGsの広がりもあり、国内でも事業を通じて社会課題の解決に取り組む企業は増えている。とはいえ、そうした事業はまだ一般消費者に広く認知されているとは言い難い。お笑いの持つ力や芸人の人気を生かせば、「社会事業をお茶の間に届ける」(小林社長)ことによって普及させるのも不可能ではないだろう。
yySAの設立記念イベントには、約30社のスタートアップ企業が参加した
本記事は、「日経ESG」2018年6月号(5月8日発行)に掲載した内容を再編集したものです。
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