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現代の子供たちは基本、父親と母親という核家族の中で育てられています。

坂東:人間に近い霊長類のオランウータンは雌単独で子育てをします。これは近くで見ていても本当に強い。たくましいなと思います。人間はそこまで強くない。サルやチンパンジーのように、子育てにちょっと疲れたら隣のサルに預ける、みたいな集団やコミュニティーの中でないとやっていけないと思います。ところが今はそれがない。

 その結果、子どもたちは自分が大きくなるまでに、自分の両親や学校の先生くらいしか大人を知らないで育ってしまう。子供の未来にとって、これってすごく不利益でかわいそうなことだと思います。親からものすごく影響を受けてしまうから。「うちのお母ちゃん、ちょっと普通の大人と違うなぁ」とか客観的に思うきっかけすらありません。親と子が異常なまでに一体化してしまうという問題も起こってきます。

どうしてこうなってしまったのでしょうか。

坂東:冒頭に申し上げたように、技術を使って自分たちに都合のよいように環境を作り変えてきた結果、どんどん「個」がむき出しになってきてしまっています。今までは社会があって、それを構成するメンバーがいて、全体で一つの機能を果たしていました。しかし、技術の進歩により1人ですべてのことができるようになってしまった。インターネットがその典型です。いろんな情報を誰にも頼らずに入手することができるようになりました。

 その結果、権利とか、わがままな部分がどんどん強くなってきてしまっている気がします。そしてそれが正義になっている。だから私は人間がもう、社会というよりは、かかわりを持たないまま集団を維持しようとしている生き物に変わってきているような気がしてなりません。私はこれを鳥型、ペンギン型と呼んでいます。

ペンギンですか。

坂東:ペンギンは集団で繁殖するんですが、自分の子供にしかエサをあげない。1万羽が群れを作っていても、海にエサを採りに行って戻ってきた親は、自分の子を呼んで渡します。中には、戻ってこれない親もいますが、孤立して泣いているひながいても、エサを与えるペンギンは絶対に出てきません。

 これは、ペンギンの子供がある程度育った後でも見られる現象です。ヒナが大きくなると、より多くのエサを採るため、両親がそろって出かけてしまいます。残されたひなは「幼稚園」のように集まって、繁殖できなかった若いペンギンが周りに寄り添って集団を守ります。それでも、戻った両親は、自分の子供にしかエサを与えません。人間社会も同じようになっているのではないでしょうか。東京では、巨大なマンションに何千人も住んでいる。そして、朝になると一斉に大人だけが仕事に出て行って、夜になるとそれぞれの家に帰ってくる。隣の人なんか見えていません。

 集団でいるのに、まったくかかわりがない。これって、果たして社会と呼べるのでしょうか。