大人との触れ合いが子どもの道を拓く

 キッズドア理事長の渡辺は言う。「母親はパートで長時間働いても収入が少なく、仕事は苦しいものだと思いこむ子どももいる。海外で働き、暮らした経験を持つビジネスマンと話し『仕事で海外に行けるの?』と興味を持つ子どももいる」。

 実際にイングリッシュドライブで聞いたビジネスマンの話に刺激を受けて米国に飛び立つ高校生も現れた。もともと将来、映画配給の仕事をしたいから英語を磨きたいと夢を持っていたが、実際に米国で働いた大人から直接話を聞き、東京都の奨学金にチャンレジして見事にチャンスを勝ち取ったのだ。

 キッズドアには、やはり中央区に日本本社を置く大手外資系金融機関の幹部も研修の一環で訪れ、子どもたちとワークショップを行うこともある。逆に、子どもたちがこの金融機関のオフィスを訪問する機会もある。

 「立派なオフィスを見た子どもたちは『勉強すれば、こんなにきれいなオフィスで働けるようになる?』と質問するなど刺激を受けたようだった」と渡辺は語る。

 実は渡辺は当初、素朴な疑問を抱いたと話す。「外資系企業と言えば、社員の評価はシビアで、業績次第で大規模なリストラもする。なぜそんな会社がうちのようなNPOを熱心に支援してくれるのか不思議だった。そこで支援をしてくれる理由を聞くと、『企業活動をしていくうえでは、コミュニティが安定していることがとても重要なのだ』ということだった」。

 日本IBMで社会貢献を担当する小川愛は「IBMには創業以来、『Be A Good Corporate Citizen(よき企業市民たれ)』という社是がある」と説明する。企業の社会的責任が問われる現在、社会貢献としての企業の取り組みは、社外から評価されるだけでなく、そこで働く社員のモチベーションを高めるためにも有効だろう。

次世代の成長にかかわる喜び

 だが実際の現場で活動する山田の様子を見ると、そこには、企業の社会的責任といった理論を超えた、一人の人間としてのやりがいや喜びがあることは明らかだ。

 イングリッシュドライブで指導するボランティアたちは学習時間終了後、30分ほど残って、その日担当した子どもたちの様子を振り返る。「○○ちゃんはテストの点が伸びてきた」「○○君は今日の課題を面白がって取り組んでいた」。そう報告し合うボランティアの様子は生き生きとしている。

 春休みにはイングリッシュキャンプの1泊2日の小旅行が予定されている。そんな行事にも指導者たちは意欲的だ。自分の時間を使い、無償で子どもたちの学習に付き合う。

 中央区で開かれる教室に、子どもたちは都内各所から集まってくる。地縁もない、血縁もない。だが子どもたちが成長していく様子を見守りたい、見届けたいという思いが、教室内の大人たちから感じられる。

企業人が地域社会で生きるために

 人間が自信をもって生きていくには、誰かの役に立っているという「有用感」が不可欠だと言われる。イングリッシュドライブで指導する大人たちからは、子どもたちの役に立っている大人としての自負が感じられる。

 そこには家族や地域社会が変容する中で失われていった、人のつながりを補う関係が築かれているようだと言うと、言い過ぎだろうか。

 こと企業人に限って言えば、社外での時間の過ごし方は、働き方改革が唱えられる中で、個人としての生き方、さらに、企業人としての生活を終えた後の暮らしにも影響を与える。

 定年延長に取り組む企業が増える一方、企業という組織の中で人が活躍できる期間には限りがある。さらに平均寿命が延び、人は定年後に20数年の時間を生きる。

 定年後の暮らしの中で、何をするか。社会保障制度の専門家の山崎史郎は「高齢になったときに地域活動や社会活動に参加できることは満足感や、生活の質にかかわる」と語る。「特に企業人は定年後、急に活動をしようとしても溶け込めないことも多い。企業に在籍するときから活動できるように、企業自体が後押しすることも大きな意義がある」。そう語る山崎の言葉は重要な示唆を含んでいる。=文中敬称略