オフィスの近所は“地元”

 冒頭のイングリッシュドライブも学習会のひとつだ。外資系企業に勤めるなど、英語が得意な大人たちが指導に当たっているが、山田を含め日本IBMの社員も10人余りが登録している。

 日本IBMが今回の学習支援に参加するようになったきっかけは、同社副会長の橋本孝之が経済同友会の活動の中でキッズドア理事長の渡辺の講演を聞いたことだった。

 「貧困の連鎖を断ち切るカギは教育。特にこれからは英語とIT(情報技術)が重要になる。企業の力を貸してほしい」。渡辺は講演会の中で経営者たちに訴えた。

 英語とITは日本IBMの専門性が生かせる分野。しかもキッズドアの本部がある中央区新川は、日本IBMの本社ビルがある箱崎から徒歩で10分の距離。言ってみれば“地元”だ。橋本は自らキッズドア本部に出向き学習会の様子を見学し、自社の社会貢献部門に連絡した。

 「子どもたちに英語とITを教えるボランティアを募集しています」。IBM社内には「オンデマンドコミュニティ」という仕組みがあり、登録した社員にボランティア募集などの情報を伝えることができる。募集の呼びかけに対し、英語の指導に10数人、ITの指導にも10人余りの社員が手を挙げた。

居場所を求める子どもたち

 学生時代から英語が得意だった山田は、2000年に米国に1年間駐在した。その際、英語を話せなかった妻は、地元のコミュニティセンターで無料で英語を習った。妻の送り迎えをしていた山田は、センターに楽しげに通う妻の姿に「地域のつながり」の大切さを実感した。キッズドアの指導者募集の話を知ったとき、まずは「自分のスキルを生かして何かの役に立てるチャンスだ」と感じたという。

 開催されている場所が会社から徒歩10分という近さだったことも参加を決めた理由の一つだったという。

 しかし初回の学習会でいきなり面食らう出来事が起きた。どうやって英語を教えようかと案を練り、意気揚々と教室にやってきた山田だったが、担当した子どもは「今日は漢字の練習をしたい」とマイペースだった。

 イングリッシュドライブでは指導ボランティアは参加可能なときに教室にいけばいい、という気軽なルールになっている。しかし山田は毎週、教室に通う。担当する子どもは、週によって変わるが、顔なじみも増えた。英語とは関係ない学校の話や勉強の悩みを口にする子どもも多い。回を重ねるにつれ、山田は子どもたちが、英語の勉強とともに「居場所を求めて教室に来ている」と感じるようになった。

 シングルマザーの家庭で育つ子どもも多いことも知った。「普段は接しない、お父さんのような存在の人間と会って話すことで、リラックスしてもらえればいいと考えるようになった」と山田は話す。

 自身には子どもがいない。だが「自分が大人として成長するためには、子どもとの触れ合いが欠かせないと感じていた」という。実際に、子どもたちと接する中で、いいところをほめると子どもがやる気を出すことを実感した。「その影響か、自分が会社でも人に対して寛容になったと感じる」と言う。

 2017年最後の授業が終わると、1人の女子高生が山田のもとにやってきた。「この間、話した学校のイベントのプレゼンテーション、結構うまくいったよ」「すごいね。僕のアドバイスが役に立ったかな?」。山田がほころんだ顔で答える。

 中高生と言えば親とも会話が少なくなる年代。だが、授業の後も生徒たちは指導役の大人たちと楽しげに話し、なかなか帰ろうとしない。見かねた本部のスタッフが「もう8時を過ぎているから、そろそろ……」と促すほどだ。

ITの専門知識を子どもたちに伝えたい

 キッズドアが主催するIT教室「ITドライブ」。ここではプログラミングを教えたり、最新のAI(人工知能)やロボットなどの解説も行われる。指導を担当するのは、IT企業の社員など技術に詳しい人物たちだ。日本アイビーエム・ソリューション・サービスのアドバイザリーPM(プロジェクトマネジャー)の野尻一紀もその一人だ。

 野尻も山田同様に、ボランティア情報などを社員に発信する日本IBMの「オンデマンドコミュニティ」を通じて、ボランティアの募集を知った。

 平日夜に開かれるイングリッシュドライブと異なり、ITドライブは週末開催。休みを使っての活動になる。だが、野尻はやりがいを感じている。「自分の時間は削られるが、子どもたち、次の世代の役に立てているという思いがモチベーションとなっている」。AIの話をするにしても、どんな話なら、子どもたちが興味を持つのかを考える。

 「活動に参加する前は、子どもの貧困の現状についてはほとんど知らなかった」という。だが、自分も早くに父親を亡くし、奨学金や家庭教師のアルバイトで学費を稼いで大学で学んだ経験を持つ。

 そんな野尻は、子どもたちにITに触れることで、自分の得意分野、強みを持って成長していってほしい、という思いで接しているという。そしていつしか、自分の中でも変化が起きたと感じる。「子どもとの触れ合いを通じて、人とのかかわりにも積極的になり、社外のプロジェクトマネジャーの集まりにも進んで参加するようになった」。

 世代を超えたつながりは大人にも影響を与えている。