久保利:その企業では、トクサイについて取引先と交渉するのは営業部門に任されていたそうです。品質保証部門はダメ出しをするだけなので、絡むことはほとんどない。営業担当が泣きついて、相手が認めれば「規格外」の製品も受け入れてもらえるようになる、と。

「悪法」だと文句を言うのが社長の仕事

商慣習が現実を反映していないという側面もありそうです。一部の契約書には今も、「欠陥無きこと」「混入無きこと」といった文言が書かれていると指摘する人もいます。納入するメーカーも購入する側も“建前”だと認識しつつ、取引を続けている実態があります。

久保利:それでも契約は契約です。いくら購入する側が強いからといって、(納入するメーカー側が)書かれていることを守らずに後から何とかしようというのは、詐欺に近い。数十年にわたって契約を見直してこなかったのなら、相応の責任を覚悟しないといけません。売り手と買い手が決めたルールを守るのは、資本主義社会のいろはの「い」ですよね。

 以前から続く契約が実態と乖離しているなら、メーカー側はその理由を真剣に考えないといけません。実態から乖離しているのは、自らの技術力が衰えたからではないですか。昔のように一級品が作れなくなったのに、実態を見ていないだけではないですか。

日産自動車やSUBARU(スバル)は新車の「完成検査」を無資格の従業員がやっていました。長い間、ルールから逸脱した状態が続いていたことになります。

久保利:時代遅れの検査をしても意味がないと考えていたのでしょうね。(生産ラインの各工程で)しっかりと品質を担保していれば、完成車の検査なんて不要だと。

 確かにそうかもしれません。しかし本当にそう思うなら、(監督官庁である)国土交通省に意見を表明するのが筋でしょう。代官が絶対的な力を持つ江戸時代ではないんです。悪法だと考えるなら、国会でも規制改革会議でもいいから、とにかく意見を表明すべきです。社長はそれをするのが仕事です。

 もしかしたら、一見すると余計に見える完成検査のプロセスが、日本製品を「超一流」たらしめていたのかもしれませんよ。国交省はそのプロセスが大事だと思っていたわけですし、トヨタ自動車などはルール通りにやっていました。

 自分の都合で勝手に解釈するという点で、トクサイと(日産やスバルの)完成検査問題は根底でつながっています。真面目な「モノ作り」ができなくなったから、プライドや矜恃が徐々に薄らいでいき、今の事態を招いていると考えるべきなのでしょう。