日本の製造業は「堕落」した――。
コーポレートガバナンス(企業統治)に精通する久保利英明弁護士は、日産自動車や神戸製鋼所などで相次いだ一連の品質問題を、一刀両断する。ゼンショーホールディングスの労働環境問題など、多くの事案で第三者委員会を率いた企業統治の専門家は、資本主義のいろはの「い」が崩れたと警告する。(聞き手は小笠原 啓)
神戸製鋼所や三菱マテリアル子会社など、日本を代表する大手メーカーが品質関連の不正を繰り返していました。ただし安全性には問題がなかったとみられ、今のところ、重大な事故などにつながってはいません。
久保利英明弁護士(以下、久保利):表面上はそうかもしれませんが、僕はかなり深刻な問題だと思いますよ。頭を下げることすらしない某自動車メーカーの社長さんの姿を見ていると、こんな人たちに日本の製造業を任せて大丈夫なのかと、強い危機感を覚えます。
かつて、不二家が「消費期限切れの牛乳原料」を使ったことが原因で経営危機に陥ったことがあります。世間から大きくバッシングされ、今では山崎製パンの子会社になっています。
皆さんはこのとき、何が問題になったか覚えていますか。製造したクッキーやケーキで食中毒を出したわけではありません。社内規定から「1日」過ぎた牛乳を使った可能性がある、との疑惑が浮上したのがきっかけです。
この問題が発覚したら、大手コンビニやスーパーは不二家の製品を一斉に撤去しました。「社内ルールすら守れない企業の商品は販売できない」というのがその理由です。
過剰反応だと言う人もいるかもしれませんが、僕はまっとうな経済社会の姿だと思います。ルールや契約は守られるべきなのです。
最終消費者を見ていない不祥事企業
多くの人の口に入る食品と、機械などに加工される素材や部品では、扱いが違うという意見もあります。
久保利:BtoBの商品で、取引先が納得しているなら問題ないって言うんでしょう。これも大きな間違いですよ。素材だって部品だって最後の段階では、必ずBtoCのビジネスになるんです。誰が飛行機に乗り、誰が自動車を買うのですか。神戸製鋼や三菱マテリアルが受け取るお金は、究極的には誰が支払っているのですか。多くの一般消費者でしょう。
ところが、問題を起こした企業にはこうした意識が欠けている。取引先の了解を得ることを最優先にして、視線がその先に向いていないのです。だから動きが極めて遅い。
神戸製鋼がデータ改ざんを把握したのは2017年の8月頃とされていますが、公表したのは10月になってから。食品メーカーだったら、問題を起こした商品を3日で回収しなかったらボコボコにされますよ。BtoBの製造業だから許されると考えるのは甘い考えでしょう。
一連のデータ改ざんで浮き彫りとなったのが、トクサイ(特別採用)と呼ばれる日本独自の商慣習でした。要求に満たない品質の製品を、取引先の許可を得たうえで納入する仕組みです。
久保利:これにも非常にがっかりさせられましたね。納期を守るために、契約と異なる品質の製品を出荷していたんでしょう。まともな製造業なら、絶対に品質を犠牲にしないはず。相手が認めたとしても、自らの矜恃が許さない。
しかも一部ではトクサイという慣習を悪用し、相手の承諾を得ないまま不適格な製品を納入したケースすらあります。「過剰品質」と言われるほど安全面を考慮しているので、多少なら許容されるだろうと考えているのでしょうが、それは何の言い訳にもなりません。製造業としての「堕落」だと言うべきです。
トクサイは一部のメーカーに限らず、日本の製造業ではよく使われる取引手法です。
久保利:ある企業で、トクサイの有無や社内稟議のプロセスを調べたそうです。すると幸いなことに、ここ数年間ではやっていないことが分かりました。ただし、それ以前は不明です。記録が存在しないため遡れないというのです。
担当者はこう話したそうです。「トクサイは相手が認めなければ実現しない。製品として使われて長い時間が経っているし、事故らしい事故も起きていないから、大丈夫じゃないですか」。
久保利:その企業では、トクサイについて取引先と交渉するのは営業部門に任されていたそうです。品質保証部門はダメ出しをするだけなので、絡むことはほとんどない。営業担当が泣きついて、相手が認めれば「規格外」の製品も受け入れてもらえるようになる、と。
「悪法」だと文句を言うのが社長の仕事
商慣習が現実を反映していないという側面もありそうです。一部の契約書には今も、「欠陥無きこと」「混入無きこと」といった文言が書かれていると指摘する人もいます。納入するメーカーも購入する側も“建前”だと認識しつつ、取引を続けている実態があります。
久保利:それでも契約は契約です。いくら購入する側が強いからといって、(納入するメーカー側が)書かれていることを守らずに後から何とかしようというのは、詐欺に近い。数十年にわたって契約を見直してこなかったのなら、相応の責任を覚悟しないといけません。売り手と買い手が決めたルールを守るのは、資本主義社会のいろはの「い」ですよね。
以前から続く契約が実態と乖離しているなら、メーカー側はその理由を真剣に考えないといけません。実態から乖離しているのは、自らの技術力が衰えたからではないですか。昔のように一級品が作れなくなったのに、実態を見ていないだけではないですか。
日産自動車やSUBARU(スバル)は新車の「完成検査」を無資格の従業員がやっていました。長い間、ルールから逸脱した状態が続いていたことになります。
久保利:時代遅れの検査をしても意味がないと考えていたのでしょうね。(生産ラインの各工程で)しっかりと品質を担保していれば、完成車の検査なんて不要だと。
確かにそうかもしれません。しかし本当にそう思うなら、(監督官庁である)国土交通省に意見を表明するのが筋でしょう。代官が絶対的な力を持つ江戸時代ではないんです。悪法だと考えるなら、国会でも規制改革会議でもいいから、とにかく意見を表明すべきです。社長はそれをするのが仕事です。
もしかしたら、一見すると余計に見える完成検査のプロセスが、日本製品を「超一流」たらしめていたのかもしれませんよ。国交省はそのプロセスが大事だと思っていたわけですし、トヨタ自動車などはルール通りにやっていました。
自分の都合で勝手に解釈するという点で、トクサイと(日産やスバルの)完成検査問題は根底でつながっています。真面目な「モノ作り」ができなくなったから、プライドや矜恃が徐々に薄らいでいき、今の事態を招いていると考えるべきなのでしょう。
人間は「悪さ」をする存在
日本のモノ作りの品質は劣化している、と。
久保利:その通りでしょう。製造業を率いる多くの人が、今なお日本製品の品質は世界一だと考えていること自体、私には信じられません。
私は50年間かけて、170の国と地域を歩いてきました。各国の最高級ホテルにはかつて、ソニーやパナソニックのテレビが置かれていました。今はみんな、韓国のサムスン電子やLGですよね。
価格競争に負けたからではないでしょう。最高級ホテルは値段で選びませんから。世界の金持ちは、日本製品を「超一級品」だと思っていないということですよ。この傾向は10年以上変わりません。
日本の現場が生みだしている製造物が昔と比べて「たいしたことない」ことは、多くの人が感じているはずです。この事実を直視しないと次に進めません。
現場の従業員こそが、日本の製造業の強みだと言われてきました。この根幹も揺らいでいるのでしょうか。
久保利:大きな境目を迎えているような気がしますね。昨今の問題から見えてくるのは、人間は「悪さ」をするということです。一方で、コンピューターは嘘をつかない。機械が出した数字を人間がさわれないようにして提示しないと、信頼されない時代になっているのかもしれません。
欧米企業のホワイトカラーは基本的に、ブルーカラーを信用していません。一方で日本は、人間が信頼できるという前提で現場を考えてきた。この前提が崩れたとき、最も苦しむのは日本の製造業なのかもしれません。
Powered by リゾーム?